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2007/05/18

<随筆>◇コチュ(唐辛子)◇ 韓国双日 大西 憲一 理事

 長年の不摂生のせいか、体調を崩して医者から酒、辛いものを禁じられて苦労している。酒なしもつらいが、もう一つの方、これが中々難しい。辛い料理の代表であるキムチチゲとかスンドゥブは軽くパスできるが、一見、辛く見えないテンジャン・チゲ(韓国風味噌汁)のように、中に激辛コチュ(唐辛子)の破片が入っていたりするので油断できない。ビビンパブには辛いコチュジャンが不可欠。

 やむなく、限りなく安全な冷麺などを選ぶのだが、今度はバンチャン(おかず)として小皿に出てくる料理が曲者で、ほとんどがコチュまみれでマッカッカ。キムチはもちろん、ナムル(野菜の和え物)しかり、コドゥンオ・チョリム(サバと大根の煮付け)しかり。

 韓国では赤くなければ料理ではないのか?辛くなければ美味くないのか?と、思わず愚痴りたくなるが、この辛さの犯人が「コチュ(唐辛子)」。韓国料理には無くてはならない、食材の王様のような偉大な存在である。ところで、このコチュが実は日本から伝来したという事はほとんどの韓国人も認めている。ある文献によれば、1542年にポルトガル人によって九州の豊後(大分県)に伝えられたものが、1600年前後に朝鮮に伝播したとある。誰が持ち込んだのか?悪名高い豊臣秀吉の朝鮮出兵(壬辰倭乱)の時という説があるが、もし事実だとしたら皮肉な話だ。とにかく朝鮮半島でコチュ文化が大きく花開き、国民の食生活にふかーく浸透した。いまや、コチュなしで韓国人は生きて行けない。

 別の文献には日韓のコチュの違いを述べている。「日本の唐辛子は辛さが唐突でただ辛いだけ。韓国のものは甘みがあり深く包み込むような辛さ。いわば子供と大人の差がある」

 コチュといっても全てが辛いわけではない。レストランで青いコチュをロシアン・ルーレットのように恐る恐る口にしている日本人をよく見かけるが、確かにどれが辛いかは韓国人でも食べて見ないと分からない。ただ普通のコチュは少々辛くても根元まで食べなければ被害は小さいが、小ぶりでしわしわのチョンニャン・コチュ(青陽唐辛子)は例外なく辛いので要注意。小片を口に入れただけで飛び上がる。口の中が大火事になる。慌ててビールを流し込んでも手遅れで、自然鎮火を待つしかない。味覚はマヒ状態。

 当地のことわざに「チャグンコチュガ メプタ(小さいコチュが辛い)」とあるが、まさにピッタリ。「山椒は小粒でもピリリと辛い」と同義語で、「小さいからと言ってなめるなよ」という事だ。実に共感を覚える言葉ではないか。

 でも、淑女の前では気をつけよう。以前、このことわざを大変気に入った韓国語覚えたて日本人(小生)がカラオケ・アガシの前で得意になって連発してレッドカードを突きつけられた。コチュには男児のシンボルという意味もあったのだ。 


  おおにし・けんいち 福井県生まれ。83-87年日商岩井釜山出張所長、94年韓国日商岩井代表理事、2000年7月から新・韓国日商岩井理事。04年4月、韓国双日に社名変更。