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2007/03/16

<随筆>◇妻縁(才媛)◇ 韓国双日 大西 憲一 理事

 「オニヒャン、ゲ、ゲンキデヒュカ?」先日、10何年ぶりにH社のY社長が突然訪ねて来られた。見事な赤ら顔は年季の入った爆弾酒のせいだが、前歯が半分抜けていて話がよく聞き取れない。高血圧のため治療もできないらしい。若い時の無理が祟ったのかすっかり老け込まれたが、それでもまだ健在で嬉しかった。

 Y社長に初めて会ったのは、私が韓国(釜山)に足を踏み入れて間もなくだから20年以上になる。いきなり勧められたタバコを辞退したら「韓国では酒とタバコなしでは商売にならんよ!」と一喝された。彼は地元の小さな代理店商社の社長だが、当時の韓国にはH社のようなエージェント(オファー商とも呼ばれた)が数多くあり、外国企業と韓国企業の仲介役として貴重な存在であった。

 彼らは大手企業のOBであったり、取引先のキーマンと同窓であったり、地縁、血縁であったり、いずれも客先の要人に対して強いカードを持っており、表面的な代理店機能の他に複雑な裏の問題もスマートに処理する能力を兼ね備えていた。それだけに皆さん個性的で、自分を大きく見せる術に長けた人が多かったが、Y社長はその典型で彼の大風呂敷は特大だった。ただ酒乱気味の彼は酔っ払って議論になると興奮して、相手が誰であろうと眼鏡をもぎ取って自分の靴で踏み潰す荒業を持っていた。「モノがよく見えないのは眼鏡のせい」と言うことらしいが、私も何回か危うく難を逃れた。後で弁償代で苦労するらしいが。

 若手の行動派G社長は「夜討ち朝駆け」を得意にしていた。日本でも昔見られたクラシックな戦術だが、彼の誠意溢れる性格もあって客先の受けは良かった。もっとも彼が持参したであろう菓子折りの中身までは知る由もないが…。

 韓国きっての有名大学卒のC社長はいつも大学の卒業者名簿を広げながら電話をかけまくっていた。経済的な方法だがさすが学閥重視の韓国、これが結構効果があるらしい。いつも若々しく黒髪自慢のH社長が実は自毛ではないと知っている人は少ない。外見も成功の秘訣で、老齢のO社長はきれいに染み抜きして10歳ぐらい若返った。ところでO社長の奥さんは財界に華麗な人脈を持つ名門出身の才媛で、奥さんの人脈をフルに利用して財を築いたが、これぞ、地縁、血縁ならぬ「妻縁(才媛)」とでもいうべきか。

 皆さん、いずれも一昔前に大活躍された方々だが、IT革命で世界が狭くなり、加えて透明性が重視される昨今は守備範囲が限られてかなり苦戦されているようだ。地味な存在ながら、韓国の高度成長に一定の貢献をして来た個性的な方々の元気な姿が少なくなって行くのは、時代の流れとはいえ寂しいものだ。

 最近、またY社長から電話がかかってきた。「ヒヒャヒブリニ、ハンジャン ハプヒダ(久しぶりに一杯やりましょう)」。眼鏡を新調したばかりなのに困ったな。


  おおにし・けんいち 福井県生まれ。83-87年日商岩井釜山出張所長、94年韓国日商岩井代表理事、2000年7月から新・韓国日商岩井理事。04年4月、韓国双日に社名変更。