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2007/02/02

<随筆>◇韓国のお札の話◇ 産経新聞 黒田勝弘 ソウル支局長

 韓国暮らしのエキゾティシズムの一つに「スピョ(手票)」というのがある。日本語でいえば「銀行発行の現金小切手」ということになろうか。たとえば窓口で預金を引き出すとき、現金だとかさばるため、額を指定して小切手のようなかたちで受け取る。

 500万ウォンだと、たとえば「スピョで100万を3枚、50万を2枚、10万を10枚…」といったふうに。銀行の現金自動支払機でも10万ウォンの「スピョ」をいつでもいくらでも受け取ることができる。「スピョ」は昔からごく普通に使われていて、財布がかさばらなくてたすかる。ぼくの財布にも常時何枚かは入っている。

 「スピョ」を愛用すると、当初は韓国人になったような気分でどこか楽しい。しかしそのうちあることに気付く。現金同様に使えるから現金扱いなのだが、正式の紙幣ではない。つまり紙幣のような重み(?)がない。感じが軽いのだ。その結果、つい気軽に使ってしまう。たとえば1万ウォン札10枚と10万ウォン「スピョ」1枚では、前者の方がどこか重みがあり、一万ウォン10枚だと出すのに慎重になるが「スピョ」1枚だと簡単に出してしまうのだ。以前は「スピョが韓国経済のインフレ体質を助長している」といった話があったほどだ。

 その一方で、「10万ウォンのスピョが大量に使われているのだから10万ウォン紙幣を早く発行すべきだ」との声がある。紙幣にすれば重みが出て使い過ぎにもブレーキがかかるかもしれない?

 10万ウォン紙幣発行の話は昔から浮かんでは消え、消えては浮かんできた。最近も紙幣のデザインとサイズが新しくなった新紙幣が発行されたのを機に、あらためて10万ウォン紙幣発行の是非が話題になっている。そしてすでに10万ウォン紙幣に登場させる人物肖像画があれこれ取りざたされている。

 国家、民族を象徴する紙幣だから当然、偉人伝の人物ということになる。韓国ではまだ女性の登場がないから、今度こそは女性にすべきだという声もある。日本では2000年に発行された2千円札の紫式部やその後の5千札の樋口一葉があるため、韓国もというわけだ。

 女性の偉人としては李朝時代の儒学者・栗谷の母・申師任堂とか三・一独立運動の抗日少女・柳寛順の名前が出ている。しかし前者は栗谷がすでに5千ウォン札に登場しているため、採用されれば母子で登場ということになる。千ウォン札も儒学者の李退渓だから儒学者系ばかりではまずいかも。となるとやはり柳寛順か。

 ところが10万ウォン札の有力候補には抗日運動家・金九の名前も挙がっている。抗日系だけで柳寛順か金九?

 いや、いっそのこといまテレビドラマなどで流行の高句麗ブームに乗っかって「朱蒙」にするか。ぼくら日本人にはそれのほうがありがたい。


  くろだ・かつひろ 1941年大阪生まれ。京都大学経済学部卒。共同通信記者を経て、現在、産経新聞ソウル支局長。