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2009/01/09

<随筆>◇牛肉はつらいよ◇ 産経新聞 黒田勝弘 ソウル支局長

 今年は丑(うし)年だから牛の話をしよう。日本の牛は黒いが韓国の牛は黄色い。だから「黄牛(ファンウ)」という。田舎でこいつがのんびり草をはんでいる風景に出くわすと「韓国だなあ…」と感じがする。

 日本にも昔から牛はいるが、仏教の影響で肉にはしなかった。韓国では肉食のせいで牛の存在感は日本よりはるかに大きかったのではないか。だから昨年のあの米国牛肉反対デモも韓国ならではのできごとだったのだ。頭から尻尾、足の先、内臓までぜんぶ食べるのだから関心が高いはずだ。ただ、そこにつけ込んで虚偽情報で政治的扇動(?)をするのはいけません。

 今やあの騒ぎがウソのように牛肉消費は回復しているが、ぼく自身は近年、痛風が心配の“尿酸研究会”のメンバーとして牛肉食を避けてきた。ビールも尿酸には最悪だ。だから「ビールでカルビ焼き」などこの数年、経験していない。

 しかし韓国では、外食というか、お呼ばれとなると決まって牛肉だ。洋食ではほとんどステーキである。これはつらい。やむをえずいただくが、いつも申し訳ない思いで半分くらいは残す。食べられないことより残すのがもっとつらい。

忘年会シーズンの年末、政府高官のお呼ばれ会食があった。一流ホテルでの洋食だったが、やはりメインにはステーキが出た。

 政府高官相手だから会食の話題には当然、牛肉デモのことが回顧談として登場した。高官からすれば苦労話ということになる。高官としてはなんとか政治的難局を乗り切ったわけだから、ホッとしている。

 で、やおらステーキが登場したところでぼくはウエイターに何げなく「これどこの肉?」と聞いた。「ワギュウです」という。重ねて「どこのワギュウ?」と聞くと「豪州産です」という。日本がオーストラリアでつくらせている和牛を輸入したものだった。

 瞬間「あっ、まずい!」と思った。政府高官を前に「豪州産和牛」の話題はまずかった。「別の話題にすべきだったな」と一瞬、反省したのだが、ウエイターも気が利かないといえば気が利かない。ウソでもいから国産あるいは米国産というべきではないのか。いやウソはいけないか。そもそも政府高官の外国人記者招宴でステーキを出すなら国産、あるいは米国産にすべきだろう。一流ホテルの一流レストランにはそれだけの政治的(?)配慮があるべきと思ったが、無理な話かな?

 どこか憮然とした表情の高官だったが「(自分の)故郷の江原道の“横城韓牛”もうまいんだよ…」というので、ぼくはすぐさま「ええ、あれは実にうまいですねえ。横城(フェンソン)でやっている“韓牛祭り”で食べたことがあるんですが、あれは最高にうまかった!」とフォローしたのだった。“横城韓牛”の味はウソではありません。


  くろだ・かつひろ 1941年大阪生まれ。京都大学経済学部卒。共同通信記者を経て、現在、産経新聞ソウル支局長。