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2009/02/06

<随筆>◇英子、順子が懐かしい◇ 産経新聞 黒田勝弘 ソウル支局長

 韓国の司法当局が発表した最近の資料によると、韓国で昨年、生まれた新生児の名前で最も多かったのは、男子が「ミンジュン」で女子が「ソヨン」だったという。これは二〇〇四年から五年間、同じだというから、いかに人気があるかということだ。

 いずれも漢字ではいろんな文字が可能で、ミンジュンの場合はたとえば「民峻」とか「敏準」などが考えられ、ソヨンの場合は「瑞妍」とか「緒然」などがありうる。しかしこれら人気の名前はどうやら漢字より音感が重視されているようで、韓国では近年、人名としてはミンとかジュンとかソとかヨンといった音感が好まれているというわけだ。

 日本と同じく韓国でも時代によって人気の名前には変化がある。人名のみならず犬の名前もそうで、解放後の韓国では「ケリー」などという英語名が人気だったという。犬を韓国語では「ケ」ということからきたそうだが、日本でも戦後の一時、アメリカ文化の影響で「メリー」とか「ジョン」などという“犬名”がはやったことがある。

 韓国の人名の歴史では日本の影響も大きかった。ぼくのソウル留学時代である一九七〇年代末ごろ、話題の映画に『ヨンジャ(英子)の全盛時代』というのがあったが、女子の名前で「子」にあたる「○○ジャ」というのがその典型だ。韓国を代表する超ベテラン歌手で演歌の女王「イ・ミジャ(李美子)」や、一九八〇年代の全斗煥大統領のイ・スンジャ(李順子)夫人などがそうで、この「子(ジャ)」付きの名前は今でも中年以上にかなり現存する。日本文化の影響だから一九四〇―五〇年代生まれに多いという。

 女子の場合、この後には「スク(淑)」や「ヒ(姫)」さらに「ウン(銀)」「ヘ(恵)」「チ(智、知)」などが人気の時代があり、ぼくの周辺の経験では「ヒスク」「スクヒ」「チヘ」などという欲張り(?)女性もいましたねえ。

 男子の名前では「彦(オン)」とか「郎(ラン)」とか「男(ナム)」とか「夫(ブ)」とか「雄(ウン)」がついているのは明らかに日本の影響だ。盧泰愚大統領時代(一九八八―九三年)に大統領側近として権勢を振るった「朴哲彦(パク・チョルオン)」などという名前は懐かしい。

 一時、ハングル・ナショナリズムで、漢字があてはまらない純韓国語の「ハナ(ひとつ)」とか「ハヌル(そら)」「ムジゲ(にじ)」「ビョル(ほし)」「ケナリ(レンギョウの花)」「バウィ(いわ)」…などはやったが近年は下火の感じだ。二〇〇八年の男女ベスト・テンもすべて漢字語系の名前で純韓国語系はひとつもない。

 ハングルだけの純韓国語名はかわいいけれど、名前としてはどこか重みがないということかな。韓国文化は漢字を排斥しながらも漢字から離れられない現状が今も続いている。


  くろだ・かつひろ 1941年大阪生まれ。京都大学経済学部卒。共同通信記者を経て、現在、産経新聞ソウル支局長。