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2009/05/15

<随筆>◇「世襲議員」◇ 広島大学 崔 吉城 名誉教授

 日本では北朝鮮の金日成氏の息子の金正日氏の「世襲」政権に否定的であるにも関わらず、「2世議員」いわゆる「世襲議員」が多い。目下その「世襲立候補の制限」をしようとする動きがある。民主党はもちろん自民党からも積極的に主張する議員もいる。歓迎すべきではあるがその難しさを十分理解してほしい。

 人間社会は基本的に過去の人々の遺産により成り立っている。その伝統文化を生物的に世襲するか、文化・社会的に継承するかは非常に重要な人間社会の基本構造である。

 個人の能力の発揮と機会の平等を考えるならば赤ん坊の時から平等にスタートさせた方がよいであろう。しかし人によっては生まれつきそのような条件が備えられている人もいる。

 パワーエリート、特にトップの支配者になるためには政治、軍事、学力、資本などの背景が必要とされている。なんと不平等なことであろうかと思われるかもしれない。それだけではない。ピアニストの家の子供がピアニストになり易く、医師の子供が医師になり易いのも不平等であろうか。

 私が長い間研究している韓国のシャーマンには大きく二つのタイプがある。一つは神憑りの降神巫であり、もう一つは生まれつきの出自と結婚などによってなる世襲巫である。私は前者の降神巫で我が家の先祖代々からの得意関係にあったシャーマンの祈りによって育ったともいえる。降神巫は神による威力をもっており、強いカリスマがある。しかし世襲巫は親や先輩から徹底的に学習をする。伝統芸能を伝授して発展させており、その水準は高く複雑である。

 昔田舎のある老人の話を思い出す。彼によると大金持ちの子供は働かず遊んでばかりで滅び、彼の子供が苦労して金持ちになっても、また次の代で滅びるという、つまり「財産は三代続かず」ということである。このストリーから単純に考えると「2世議員」は偉いとも思える。しかし親の後援会の組織に乗っかって若い人が議員になり、閣僚になる。一気に出世するのをみると能力より「親の影に生きる不幸な人生」とも思われる。

 世襲制を批判するなら自分に戻って考えることも必要だろう。財産の相続を当然と思い、場合によって相続争いをしている人もいる。社会は平等と能力主義の論理だけで成り立ってはいない。美しくなくても能力がなくとも親だから子供だから愛し、孝行もするのである。

 ここであなたに問いかけたい。「あなたは能力ある有能な人として計算して配偶者を選んだのですか」。おそらく計算高く評価して恋をした人であればそれは不幸になるだろう。なぜならいつかは加齢などによってその人が能力を失うことが明らかであるからである。人は条件や能力の有無に関わらず死後まで愛するから素晴らしい。


  チェ・ギルソン 1940年韓国・京畿道楊州生まれ。ソウル大学校卒、筑波大学文学博士(社会人類学)。慶南大学校講師、啓明大学校教授、中部大学教授、広島大学教授を経て現在は東亜大学教授・広島大学名誉教授。