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2010/03/19

<随筆>◇釜山アジュンマ(おばさん)◇ 韓国TASETO 大西 憲一 専務理事

 釜山アジュンマ(おばさん)も凄いですね。これまで逞しい韓国アジュンマを数多く経験してきたが、今回の釜山アジュンマは桁外れでした。

 今年のソル(旧正月)休みは週末に重なったので3日連休に終わったが、それでも暇をもてあまして、毎日、映画鑑賞で時間をつぶした。最近の映画ブームを反映してか映画館はどこも盛況だったが、初日は目下人気沸騰中の「義兄弟」、2日目は韓国版グルメ映画の「食客」を鑑賞、「義兄弟」は今もっとも脂が乗っている演技派のソン・ガンホとイケメンスターのカン・ドンウォンの豪華対決を堪能した。

 さらに3日目は、さわやか映画と評判の「ハーモニー」にトライしたが、ちょっと遅れて入場すると隣の席に大きな物体がお座りになっている。暗闇に目を凝らすとそれは人間、それもアジュンマでした。人間離れした巨体は狭いシートから私の席にまではみ出している。突然襲ってきた不幸を呪いながら、できるだけ隣から距離を置いて座ったが、丸太ん棒のような腕が時折、私の脇腹に食い込んでくる。

 思わず抗議の目を向けると、「ミアナムデイ」(ゴメンヨ)まるで獲物を品定めするような顔で覗きこんできたので、本能的に危険を感じて慌てて眼をそらした。できるだけ関わるまい。

 座席の両脇には輪っか状の飲み物置きが付いているが、私の右側、つまりアジュンマ用輪っかにはすでに大きなコーラ瓶が置いてあり、さらに反対側の輪っかにもちゃっかりと自分のジュースを置いていた。隣席は若いカップルだが恐れをなしてか黙って見て見ぬふり。

 上映が始まるや否や、大きなカバンから巨大な菓子パンを出して音を立ててむさぼり始めた。一口食べて左のコーラをぐびり、一口食べて右のジュースをゴクゴク。「ここは食堂じゃないぞ」小さな声で毒づいてみるが、敵は全く意に介さない。これでは折角の映画が台無しだ。早く食べ終わってくれー。

 ようやく平らげたと思ってホッとしたのも束の間、今度は映画のシーンに合わせて、「アイゴ!」「オーマイガッド!」の連発。そして拍手。さらに別の菓子をポリポリ。「他人は一切気にしない」というアジュンマ症候群丸出しだが、こちらは気になって仕方がない。

 映画のストーリーは、女性囚人が殺伐とした刑務所の中でいがみ合っていたが、主人公(キム・ヨンジン)の発案で素人合唱団を作り、音楽経験者で最年長のリーダー格(ナ・ムニ)の下に、いつしか囚人の心が一つになっていくという心温まる物語で、涙なくしては見れないとの評判作だったが…、途中で話が分からなくなった。

 最後にリーダーが突然の刑の執行で連れ去られる時、観衆全員がすすり泣いた。アジュンマはオイオイと泣き出した。私は消化不良で悔し涙を流した。


  おおにし・けんいち 福井県生まれ。83―87年日商岩井釜山出張所長、94年韓国日商岩井代表理事、2000年7月から新・韓国日商岩井理事。04年4月、韓国双日に社名変更。09年10月より韓国TASETO株式会社・専務理事。