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2010/05/21

<随筆>◇韓民族はペダル民族◇ 産経新聞 黒田勝弘 ソウル支局長

 日本の空手の名人に大山倍達という人がいる。空手の一撃で猛牛を倒したという話など、伝説的なエピソードも多い。真剣勝負で知られる「極真会」の創設者だ。その武勇伝は本にもなっていて、人気劇画「空手バカ一代」の主人公でもある。空手界では伝説的な人物だ。十数年前に亡くなられたと記憶するが、ぼくは以前、東京・赤坂の韓国レストランで一度お見掛けし、友人の紹介であいさつをしたことがある。

 なぜ韓国レストランかというと、彼は韓国生まれの在日韓国人で、その時、ぼくの知り合いの韓国人とたまたまその店に一緒にいて、紹介してもらったからだ。韓国人としての本名は「崔永宜」 だったと記憶する。

 日本に帰化していたため日本名の大山倍達で知られたが、名前の「倍達」は神話時代の韓国(朝鮮)を意味する「ペダル(倍達)」からきている。韓国人としての誇りからだろう。

 いわゆる檀君神話に登場する伝説上の国が「ペダル」で、韓民族を誇らしく語る言葉として「倍達民族」とか「倍達の民」などといわれてきた。

 ところで話は変わるが、先日、忠清北道の沃川(オクチョン)に釣りに行った。錦江の上流にあたり美しい自然と清流で知られる。このあたりでは、初夏になり水がぬるむと、淡水魚のクリ(コウライハス)が面白いように釣れる。

 かなり山奥だが川の流れは緩やかで、川幅も広い。岸辺の砂浜も広々として見通しがよい。韓国の釣り人たちは、その砂浜で焼肉を焼いたり食事をしたりして楽しむ。

 先日の釣行でも仲間たちと昼食時に焼肉パーティとなったのだが、韓国人は食欲旺盛だから鶏も食べたいとなった。焼肉をやっているうちに何と!鶏の蒸したのが(ペクスク=白熟)が届けられた。朝、通過した村の食堂で予約しておいたのだという。

 食堂のおやじが車で出前してきたのだ。距離は1キロ以上はあっただろうか。この“出前サービス”に驚き、感動し、大いに称えたところ釣り仲間が直ちにこういった。「だからわれわれは“ペダル民族”だというんだよ!」

 韓国では出前のことを「配達」という。韓国語では「ペダル」となる。このユーモアにはもっと感動した。

 たしかに韓国では何でも配達(出前)してくれる。たとえば釣りにおいても、湖や貯水池でのフナ釣りでは、ジャジャンメンなど出前をよく見かける。また湖上にイカダ小屋を浮かべて徹夜で釣りをするが、そんな場所だとコーヒーの出前を兼ねた“コンパニオン”まで出向いてくるとか。

 ところで出前といえば、韓国でもジャジャンメンなど食べ物の出前にはブリキ製(?)の“岡持ち”を使っている。明らかに日本起源と思われるが、韓国では「チョルカバン(鉄カバン)」といっているのが実に可笑しい。


  くろだ・かつひろ 1941年大阪生まれ。京都大学経済学部卒。共同通信記者を経て、現在、産経新聞ソウル支局長。