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2010/11/26

<随筆>◇他郷暮らし◇ 広島大学 崔 吉城 名誉教授

 私は約40年前に風土や言葉が違う異国の日本に留学した。それは辛いことが予想できても新天地に夢を求めてやってきたものであった。私が最初に協力を得たのは在日韓国人の方々が多かった。彼らは私に同胞として暖かくして応対してくれながら時々懐かしき故国と日本での他郷暮らしの辛さを語ってくれた。ある方はキャバレーで高福寿の「他郷暮らし」を繰り返して歌っていたのを思い出す。

他郷暮らしも幾年になろうか 
指折り数えてみるが 
故郷を去って十数余年 
若さは老いにかわり 
浮き草みたいな私の身の上が一人でいると気が滅入り 
窓を開けて眺めたら あの空遥か 
故郷の柳は今年も青いだろうに 
柳笛を折って吹いたあの時は過ぎさりし日々

 私は、歌い踊る彼らを見ながら彼らの他郷暮らしの寂しさに同情し悲しくなり、祖国を離れて住む彼らを可哀想に感じた。生まれ故郷を懐かしむことを郷愁という。韓民族は近代に入ってから貧困と日本植民地によって近隣諸国へ流出した。さらに植民地期には労働、動員などで多くの人が海外へ、そして戦後に韓国戦争と独裁政権の下にアメリカなどへの移民が多かった。彼らはさまざまな状況で祖国を去って異国の生活に挑戦した。中には成功物語を聞かせてくれるケースも多いが、失敗した人がもっと多いだろう。

 私は世界のいろいろな国々に住む同胞たちに会う機会が多かった。ウズベキスタンには綿栽培で成功した同胞の銅像が立っていた。シベリアで会った二世の同胞は大きい会社を経営している。彼らは私を通して祖国への懐かしさを感じたようであった。しかしサハリンの大学の学長は祖国に対して否定的であった。インドネシアで成功し女中さんが二人もいると自慢する女性は、韓国を恨んでいた。祖国への思いはさまざまである。

 一般的には韓国人は同胞に懐かしく暖かい感情を持っている。他郷暮らしの裏心の過去を懐かしむ「懐かしさ」は愛情的心理現象であり、郷愁(ノスタルジア)はホームシックのような一種の病的現象でもある。しかし、「懐かしむ」ことは愛好や愛情の現象としてむしろ進歩的に「新しいもの」を産み出す原動力として肯定的に評価できる。それは過去、ふるさと、伝統への懐かしさやノスタルジアが原動力になっている愛情からなるエネルギー源であることを認識すべきである。故郷などを懐かしく思うことは愛情であり、個人にとっても社会にとってもパワーになる。他郷暮らしの辛さは、懐かしさ、郷愁、回帰、帰郷、故郷で死にたいなどの気持ちになる。故郷を離れて他郷暮らしを悲しむ、懐かしむその心は帰還とか居留の感情ではなく、祖国を愛する心そのものである。


  チェ・ギルソン 1940年韓国・京畿道楊州生まれ。ソウル大学校卒、筑波大学文学博士(社会人類学)。陸軍士官学校教官、文化広報部文化財常勤専門委員、慶南大学校講師、啓明大学校教授、中部大学教授、広島大学教授を経て現在は東亜大学教授・広島大学名誉教授。