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2010/12/03

<随筆>◇韓国での"オバマ"の受難◇ 産経新聞 黒田勝弘 ソウル支局長

 韓国における“酒文化”の素晴らしさ、面白さについてはこれまで何回も紹介してきた。例の“爆弾酒”もその一つだが、たとえばソウルではほとんど知られていない「マドモアゼル」なる爆弾酒のことは教えましたかね?

 さる地方都市で取材(!)したものだが、冷麺に使うステンレスのどんぶりに、焼酎やビール、ウィスキー、マッコリ…などいろんな酒をぶち込んで一気飲みするのだ。すべて(韓国語ではモドゥ)の酒(同じくスル)を集め(同じくモア)た酒だから「モドゥモアスル」つまりマドモアゼルである。分かるかな?

 これはぼくが経験した爆弾酒のなかでは最も強烈、凶悪なものだった。

 爆弾酒は韓国が開発した世界に冠たる文化だから、日常的にも何かと話題になる。最近も延坪島砲撃事件で国中が大騒ぎしているとき、爆弾酒がニュースになった。

 延坪島は仁川市に属するため、事件直後、市長がすぐ現地視察した。その際、砲撃で瓦礫となった民家に焼酎のビンが散乱しているのを見て「これぞ爆弾酒だな」と冗談を言ったのだ。これがマスコミで伝わり「不謹慎!」と非難される一幕があった。

 先ごろ市長になったばかりで、学生運動上がりの若手政治家として人気のある政治家だけに、調子に乗りすぎたか。あるいは日ごろの爆弾酒好きのせいか。酒席ならともかく、悲劇の現場では冗談でもそんなことを言ってはいけない。

 韓国の酒文化には乾杯の際の掛け声もある。これまで「チンダルレ(つつじの花)」「タンナグィ(ロバのこと)」…など紹介したと思う。分からなければ本紙のバックナンバーを見てください。最近の傑作(?)は「オバマ!」である。

 酒席で乾杯のときに「オバマ!」と掛け声をかけるのだが、その席に女性がいればぐっと盛り上がるのだそうな。実に謎っぽいが、ほかの掛け声と同じようにある韓国語を縮めた略語なのだそうな。

 韓国語が分からないと若干難しいが「オパ、バラボジマンマルゴ、マムデロヘ!」の頭文字をとって「オバマ」である。その意味は「あんた、見てばかりいないで、好きなようにしてよ」となろうか。やはり下ネタ風である。女性サイドからするとセクハラ的ということになるので、真似するときはいささかの配慮が必要だ。こういうのはサラリーマン風俗の一種だが、ぼくのように耳にするとすぐ使いたがる人がいる。この「オバマ」を赤十字副総裁がさる会食の席で紹介したといってマスコミで騒ぎとなり、陳謝させられた。

 韓国社会は近年、公職者にえらく厳しい。先の仁川市長もそうだが、公式発言ではない私的発言でもすぐ問題になる。それだけ足を引っ張られやすい社会ということかも知れない。冗談が実にうまい韓国人なのに一方では冗談規制が厳しい。これは不思議な矛盾だ。


 くろだ・かつひろ 1941年大阪生まれ。京都大学経済学部卒。共同通信記者を経て、現在、産経新聞ソウル支局長。