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2011/02/11

<随筆>◇「APU創立10周年報告会」に参加して◇                                                       韓国ヤクルト共同代表副社長代行  田口 亮一 氏

 昨年末の12月22日、私は表題の会に出席した。「APU」。正式には「立命館アジア太平洋大学」と言うものです。「それは分かったがウェー(なんで)あんたがそこに参加せなあきまへんねん?」と言うことで本日はそのいきさつをお話することに致しましょう。

 10年前当時のソウルジェトロ事務所におられた(確か「浦山さん」と記憶しておりますが)方からのお話で「大分県別府市に立命館大学と自治体、有志企業の協力で日本の学生数半分、海外留学生数半分の基本的には日本語、英語で講義をする、国際色豊かな大学を創立したいと思ってるが何とか協力してほしい」とのことでした。具体的に言うと我が社がスポンサーとなり韓国学生をAPUに送りこんでほしいと言うことでした。我が社のオーナーは「プルイウップキ(隣人助け合い)運動」なども展開される慈善家でもありましたから、早速賛成していただき、男子学生一名をAPUに送りこみました。この時点での韓国からの留学生は50人位だったそうですが、現在では国別学生数で一位の中国867人についで二位720人が留学しているそうです。

 各国の留学生数を書いておきますと100を超える国々から、ベトナム229人、タイ196人、インドネシア166人、台湾88人、ヨーロッパ諸国104人、北中南米諸国70人、アフリカからも56人が留学しているとのことでした。

 さてそういう縁で御招待いただいた報告会は総勢300名が集まり、久々に仏コース料理に舌鼓を打ちワインを味わい、報告を聞いたり歓談を致しました。私の席は大学側の御配慮で右側が立命館本校理事長の長田豊臣さん、左側が韓国人留学生イ・ヘジンさん、同テーブルにはウズベキスタン出身の韓国系学生パク・アンドレさんも居て、かなり長い報告会の挨拶も苦になりませんでした。

 韓国人留学生のイ・ヘジンさんは4年生でポルソ(既に)大成建設への内定をもらっている才媛で、彼女は会社の面接の時に「私は10年後には社長になります」と宣言して内定をもらったと話して会場を沸かせた、いわゆる韓国女性の面目躍如の慶尚南道アガシでした。また長田理事長はソウル生まれで8歳の時までソウルに住んだと言う大の韓国ファンでしたが姓はともかく名前の「豊臣」が災いして韓国の人には余り仲良くしてもらえなかったと苦笑いしておられました。

 このように楽しい会に招待して頂き、「APUに対する意見は?」とマイクを向けられ私は、「APUの皆さんはグローバルリーダーを目指して現在進行形で一般大学では味わえないすばらしい学生生活を送っておられる今、この時期を大切にして努力してほしい」と述べ、我々の大学時代と余りにも違う環境の格差を本当にうらやましく思いました。

 ホテルに戻りながら私は「チョンチュン トルリョダーオ」(青春を戻してェー)と寂しく口ずさんでおりました。


  1943年満州国生まれ。東京都立大学人文科学部卒。69年ヤクルト入社、71年韓国ヤクルト出向。94年から同社共同代表副社長代行。