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2012/10/19

<随筆>◇しものせき国際映画祭◇ 広島大学 崔 吉城 名誉教授

 11月9、10、11日に「しものせき国際映画祭」が行われる。この映画祭は地元出身の女優田中絹代のメモリアルから始まったが、視野をアジアへ広げ、さらに国際化を目指している。私は去年に続いて今年も実行委員として関わっており、二つの映画を推薦した。一つは『風の丘を越えて/西便制』(93年、林権澤監督)、もう一つは『金色夜叉』(32年、野村芳亭監督/田中絹代、長谷川一夫など出演)である。その推薦理由は特別な意味がある。

 『風の丘を越えて』は私にとって特別親しい作品である。この映画は韓国の伝統芸能・パンソリを引き継ぐ家族の厳しい芸道と情愛を描写している名作である。私は若い時ほぼ2年間韓国の伝統的な旅芸人のムーダンを調査し、韓国人の「恨」について研究した(平川出版、『恨の人類学』)。

 日本人はこの映画を観て「伊豆の踊り子」を連想するかもしれない。ムーダンたちは被差別集団であったが今は人間文化財とされている。韓国では伝統的な差別は完全になくなったと言える。10日には東亜大学において「東アジアの映画文化」という講演にてその旨を語るつもりである。

 もう一つの推薦映画『金色夜叉』(尾崎紅葉原作)にも特別な思い出がある。この映画は昭和初期のサイレント映画であり、韓国で最も知られている翻案小説、そして60年代に映画化した「長恨夢」を通して親しまれている。それより重要な意味は、私が戦後間もないうちに無声映画を弁士が活弁することを懐かしく思っていた矢先、最近活弁士として有名な麻生八咫氏との出会いと実演に感動し、この度の映画祭で実現できるようになり、大いに期待している。

 映像機器や大型スクリーンなどホームシアターも一般化しているのにわざわざ集まってみる必要はないという人がいるかもしれない。映像と出会い、人と出会って考える映画祭にすることができるように努力したい。この映画祭では下関出身在日のグ・スーヨン監督『ハード・ロマンチッカー』や前田登氏製作の『長州ファイブ』など多様な作品を上映する。出会いの時間を挟んで日が暮れてからは野外大型スクリーンで『陽炎座』を上映する。

 なぜ人は悲しい場面や暴力のシーンがある映画を観たがるのか。怖い映画を楽しむ。怖さや哀しさは辛いことであるが、人はなぜそれらをわざわざ見るのだろうか。スポーツ選手が数多く負けても続けるようなものであろうか。あるいは賭博で損をしてもたまに儲ける感動を大事にする心と通じるものであろうか。否、我々普通の人も数多く失敗し、危険にさらされても生きることと相通じるのであろう。それで生き続ける活力が充電できるのかもしれない。下関を背景した小説や映画を観るたびに失敗と成功を繰り返しながら生きる力を持つ町であると痛感する。


  チェ・ギルソン 1940年韓国・京畿道楊州生まれ。ソウル大学校卒、筑波大学文学博士(社会人類学)。陸軍士官学校教官、広島大学教授を経て現在は東亜大学・東アジア文化研究所所長、広島大学名誉教授。