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2013/01/11

<随筆>◇今年はヘビ年でした◇ 産経新聞 黒田勝弘 ソウル駐在特別記者兼論説委員

 正月は元旦に日本に帰って三が日は日本で過ごすというのが習慣になっている。なぜ元日かというと、日本がいつもと違ってどこかすがすがしいからだ。そして三が日は日本のテレビなどで新年の展望などをやっていて、日本の今後を考えるのにいいからだ。

 昔は日航で帰ると機内食におせち料理が出たのもうれしかった。今年の便は全日空だったが、機内誌に今年の占いが出ていて、年男のヘビ年はすべてが大吉になっていたのでうれしくなり、雑誌は“お持ち帰り”にさせてもらった。

 今年の干支にちなんでヘビの話を書こうと思う。

 ソウルは今、居酒屋ブームだが、その草分けに近い老舗に「つくし」がある。ソウル駅と龍山駅の間の南営駅近くの路地裏にある人気店だが、ソウルの居酒屋の中ではここが最も日本的雰囲気の店といっていいだろう。というのは、建物が日本統治時代の小さな木造二階建ての日本家屋だからだ。狭い階段をトントンと二階に上がると六畳ほどの畳間があり、床の間も名残をとどめている。このあたりは日本統治時代には朝鮮軍司令部が近かったことや鉄道関係者もいたりで日本家屋が多かったところだ。

 旧日本家屋を使っているので、赤ちょうちんの居酒屋にはぴったりである。あの建物はもはや文化財級である?

 で、屋号の「つくし」だが、日本風居酒屋だから日本人客は福岡県の「筑紫」のことと思うのだが、実際は春先に野原に顔を出す植物の「つくし(土筆)」の方だ。早春のものだから縁起は悪くないし可愛くもある。そのネーミングの由来については愛想のいい女主人に聞いてもらうとして、では植物の「つくし」は韓国語では何というのか?

 これが何と「ぺムパップ」なのだ。直訳すれば「ヘビ(ぺム)ご飯(パップ)」つまり「ヘビ飯」というわけだ。春に冬眠から目覚めて動き出したヘビが食べるものというのだろうか、実に面白い。日本で漢字の「土筆」というのもよくイメージされていて面白いが、「ヘビ飯」にはかなわない。

 筆者が韓国語で「ぺム(へび)」といってまず思い出すのはこの言葉だ。この単語を知った時の感動(笑)は今も新たなのです。

 次は「コッペム」でしょうか。直訳では「花(コッ)ヘビ(ペム)」だが、いわゆる美人局など男に言い寄って男をたぶらかす女のことをいう。

 もう一つ韓国ではウナギのことを「ペムジャンオ」という。「ジャンオ」は「長魚」だが、体の長い魚はほかにもいる。海のアナゴがそうで「ジャンオ」といえば本来はこちらをいう。そこで淡水のウナギには「ぺム」をつけて「ペムジャンオ」というのが正式名ですが、アナゴではなくなぜウナギの方に「ヘビ」なのか不思議ですねえ。ウナギは精がつくからかな?


  くろだ・かつひろ 1941年大阪生まれ。京都大学経済学部卒。共同通信記者、産経新聞ソウル支局長を経て、現在、ソウル駐在特別記者兼論説委員。