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2013/01/18

<随筆>◇ヘビ新郎◇ 広島大学 崔 吉城 名誉教授

 今回は、前回黒田勝弘氏が「今年はヘビ年でした」と書いたものの続編のようになった。黒田氏の文を読むと韓国語や文化に博識であり、ウィットや比喩に溢れて実に面白い。ソウルで日本家屋の居酒屋の屋号の「つくし(土筆)」が韓国語では「ヘビ飯」、うなぎを「ヘビ長魚」といい、「精力」の新年というメッセージであり、掘り下げの文は極めて絶賛を禁じ得ない。私は長く連載している本欄にいつも文が堅いと自ら気になっているのとは大違いである。

 私はヘビ年を以って新年への明るいメッセージを書き難かった。年賀の時に嫌な話になりかねないが、某新聞では恐ろしく「ヘビは怖い、毒がある」と前提にして「人も毒を持っている」と書いた。もっと直接的に言うと皆さん「あなたも毒を持っているんだよ」という脅迫文のようになってしまった。謹賀新年という挨拶が溢れているのに大変失礼な文になってしまった。実は人はある程度毒を持っていると思っている。自分自身が持っている毒を有毒とは感じることはないだけである。毒ガス、原発事故、戦争なども心の毒から始まるのである。人それぞれ自分の毒を解毒し、震災地も除染し、復帰の新年になることを祈ると書いた。

 ヘビ年のもう一つのメッセージがある。蛇の化身の話に触れておきたい。蛇の変身談は単に嫌悪や恐怖の対象ではなく面白い。それは蛇の脱皮である。世界的に有名な昔話をみよう。

 あるおばあさんが子供を願って祈り、蛇息子を産んだ。隣の家の三人姉妹の娘たちがその子供を見に来た。蛇息子を見た姉妹の三番目の娘が好感を持っていた。蛇息子は成長すると、隣家の娘と結婚させてくれと言い、お母さんが行って求婚の話をした。

 すると、二人の娘は断ったが、三番目の娘が快諾して婚姻した。初夜に新郎蛇は皮を脱いで「脱皮」し、ハンサムな新郎になった。彼は昼間には蛇で、夜には夫として変身して過ごしていたが、後には完全に蛇皮して人間として暮らした。

 ある日、新郎は妻に蛇皮した皮を預けながら「他人に絶対に見せてはいけない」と言い残し、科挙試験のために旅に出た。しかし彼女のミスで二人の姉さんに蛇皮が見つけられ、焼かれてしまった。新郎蛇は旅の途中で皮が焼かれる匂いをかいで帰ろうとしたが戻ることができなかった。

 妻は夫を探しに出た。道を聞いて辿り着いたのが地下世界であった。蛇夫はそこで他の女性と結婚していて自分の存在に気がつかなかった。彼女は歌で自分が妻であると知らせることができ、再び幸せに暮らせるようになったという話である。

 謹賀新年の「新年」の「新」には深い意味がある。流行は変わっても価値観はなかなか変わり難い。新年は蛇の脱皮のように古いものを脱皮し、変身すべき年というメッセージを送りたい。


  チェ・ギルソン 1940年韓国・京畿道楊州生まれ。ソウル大学校卒、筑波大学文学博士(社会人類学)。陸軍士官学校教官、広島大学教授を経て現在は東亜大学・東アジア文化研究所所長、広島大学名誉教授。