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2013/08/02

<随筆>◇ああ「木浦の涙」!◇ 産経新聞 黒田勝弘 ソウル駐在特別記者兼論説委員

 久しぶりに「湖南の食」でも食おうやと、長梅雨の合間をみて友人三人で光州、木浦に行ってきた。湖南線のKTXで約三時間半。昨年、麗水EXPOの時は全羅線のKTXで麗水まで行ったが、こちらも約三時間半だった。ちなみに湖南行きのこの両線は益山で分かれている。

 三人は一九七〇年代の延世大語学堂の留学仲間で、一人は大学教授もう一人は在日出身の事業家のはしくれ。留学当時は大学のある新村一帯の”夜間大学”で相当鳴らした”悪童”(筆者も含めて)だったが、みんなもう六〇を超えそんな元気はない?そこで食い気の方になったのだが…。

 まず着いた日の昼飯で、木浦名物の「ヨンポタン」を食べようとなった。昼食時間を過ぎていたので、街に出てぶらり店を探すのも面倒だ。駅の近くで済まそうと、駅にあった市の観光案内所でおすすめの店をたずねた。愛想のいい中年女性で「ヨンポタンならここです!」と親切にすぐ教えてくれた。観光マップにも筆頭に出ている老舗だった。

 店の入り口にはテレビ出演など各種の自慢の写真などがたくさん掲げられていて、典型的な有名店の雰囲気だ。瞬間、悪い予感がした。こういう店は客が多いため従業員が忙しく、客あしらいが悪いからだ。予感通りでひどい目にあった。昼のピークは過ぎていたから客はそう多くなかったのに、注文の品が出てくるのに三十分以上かかった。あの料理がそんなに時間がかかるはずはない。しびれを切らして「次の予定があるから…」と腰をあげかけたところで持ってきた。

 ところが何とヨンポタンが小さなどんぶりで三つ出てきたではないか。ヨンポタンは鍋料理だから鍋で出てくるものと思っていたら、厨房ですでに三つの小さな器にしてあったのだ。本場でこれでは大いなる失望、落胆…「カネ返せ!」である。

 ヨンポタンは、例のまだ動いているヤツをぶつ切りにして生で食べる韓国名物のナクチ(手長ダコ)を、まるまる鍋で湯がいて食べるもの。生きたタコを鍋に入れるあたりから野趣、豪快さがあって面白い。そいつをハサミでぶつ切りにして食う。だから料理というほどのものではない。出てくるのに時間などまったくかからない。

 鍋で出てこないヨンポタン、しかも本場の木浦の老舗で!これじゃKTXに乗って木浦に来た甲斐がありません。

 「エーィ!」この不満をどこで晴らそうか。木浦の港が見下ろせる観光名所の「儒達山」に登り、ナツメロ演歌の名曲『木浦の涙』の歌碑の前で、三人してこの歌を三番まで合唱したのでした。それでも足りない。三鶴島まで回り今度は演歌の名手、李蘭影の歌碑の前で『木浦は港だ』をこれまた三番まで合唱した。三鶴島にはつい完成したばかりの「金大中ノーベル平和賞記念館」もありました。


  くろだ・かつひろ 1941年大阪生まれ。京都大学経済学部卒。共同通信記者、産経新聞ソウル支局長を経て、現在、ソウル駐在特別記者兼論説委員。