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2014/01/10

<随筆>◇やはり漢字は面白い◇ 産経新聞 黒田勝弘 ソウル駐在特別記者兼論説委員

 北朝鮮がナンバー2の張成沢粛清に際し発表した判決文は実に興味深かった。事件の本質とは関係ないのだが、張成沢の罪状の中にこういう表現があったからだ。金正恩を称える重要大会の場で、彼は「しかたなく立ち上がっておざなりの拍手をした」のがケシカランというのだ。この「おざなり」にあたる言葉が「コンソンコンソン」というのだが、不明を恥じていえば、筆者(黒田)にとっては初めて目にする言葉だった。語感からしててっきり漢字語だと思っていたら、辞書を引くと漢字はなくて固有語と分かった。辞書には「うわの空で」「いい加減に」といった訳も出ている。

 周りの韓国人に聞いてみると、日常的によく使うという。へえー、という感じで「これまでなぜ知らなかったのだろう?」と不思議な気分になった。それ以来、「コンソンコンソン」がえらく気に入って、チャンスを見つけてはしきりに使ってみて周りから冷やかされている。ところで筆者は近年、以前より辞書を引くチャンスが増えているように思う。新聞などメディアに知らない単語がよく登場するからだ。原因はメディアが漢字語より固有語をよく使うようになったことや、俗っぽくてやわらかい日常語をしきりに使うからだ。

 たとえばこの原稿を書いている新年の新聞には、韓国の今年の外交日程に関する記事の見出しに「ペックペック」とある。「ペックペック」とは「びっしり詰まっていること」だが、こういうのが外国人には難しい。

 しかしこれは辞書に出ているからまだいい。メディアなどにきわめてよく登場する「チャクトン」などは、日常生活でよく使い、耳にするのに辞書には出ていない。「ニセモノ」という意味の俗語でこれも最初に新聞で見かけた時は分からず、自分の韓国語の実力にいささか失望(?)したものだ。

 つまり韓国語(朝鮮語)も逆に漢字語だと日本人には分かりやすいということだが、張成沢の死刑判決文には一方ですごい漢字語が登場したのには驚いた。裏切り、背信行為のところで「同床異夢」はともかく「陽奉陰違」が難しい。韓国語の辞典にも出ていない。「面従腹背」と似た意味だが、ハングルしか知らない北の人民にこんな難解な漢字語の四字熟語が分かるのかしら。

 ほかに「浮華堕落」とか「安逸解弛」という言葉も登場する。もちろんみんなハングル表記だから、漢字を連想しないと意味が分からないはずだ。「陽奉陰違(ヤンボンウムイ)」をはじめ人民への学習ではどんな説明をしているのだろう。言語ナショナリズムが自慢の北朝鮮にしては不思議である。

 いや不思議ではなく、人民統治のためにはこうした難解な漢字語が必要なのかもしれない。人民は何か「コトの重大性」を感じひれ伏すということだろうか。これまた王朝的風景である。


  くろだ・かつひろ 1941年大阪生まれ。京都大学経済学部卒。共同通信記者、産経新聞ソウル支局長を経て、現在、ソウル駐在特別記者兼論説委員。