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2014/04/18

<随筆>◇ヘイトスピーチ◇広島大学 崔 吉城 名誉教授

 ヘイトスピーチのニュースを聞いて心が痛い。国際化、グローバリズムを叫んでいる現代日本社会では、非常に異様な現象であるといえる。主に在日韓国・朝鮮人に対する嫌悪感情の表れである。それは健全な韓国、朝鮮批判とは異なる。

 ヘイトスピーチは民族、人種、性別、弱者などを差別し、悪意、偏見などで嫌悪感情を持ち、それを表現することであり、世界的にも法律的にも禁止されている。しかし法律などで規制しても、抑えることはできないだろう。考えてみるとそれは中国や韓国がいう歴史認識よりも「歴史」そのものであるといえる。

 それは近い歴史「植民地史」に遡る。韓日は古代から文化的な交流が部分的にはあったが、長い間、鎖国的な状況であった。不幸な歴史は、植民地によって両国民・民族が統治者、被統治者という状況の生活レベルで付き合ったことが始まりであった。

その時代は植民地が国際化、近代化の時代でもあった。そして戦後、それぞれの国家は民族主義、国家主義を高め、国境という壁を高くし、植民地は終わっても様々な体制、人の意識構造にはいわば「歴史認識」として残って、現在の状況にも強く影響している。それらを超えて本当の国家間の真の「国際化」になり得るのか、疑問がある。

 植民地の歴史は引き続いている。日本は靖国、韓国は慰安婦像、安重根記念館等々で憎しみを増幅してきた。ヘイトスピーチもその表れであろう。韓流・日流の韓日関係好調とヘイトスピーチ、両国間の愛憎が対照的に表面化しており、悲しいとしか言いようがない。

 私は大学時代に恩師『韓国人』(高麗書林)の著者の尹泰林先生から紹介していただいた、米国の精神科医カール・メニンガーの『愛憎』を思い出す。愛と憎の感情は別個のものではなく密着していて、相互関係にある、二つが混合すればアンビバレンスにもなる。しかしもっとも重要なことは、愛と憎は反比例関係、つまり愛が重くなると憎は軽くなるということである。その逆も同様である。つまり、愛する人を憎み殺すまでに至ることがある。もっとも私に希望を持たせたのは、憎むことから愛への変換が可能だということである。最悪の「嫌韓から親韓」への変化を強く期待する。

 アイルランドのヒギンズ大統領がロンドンの無名戦士の墓を訪問したことを聞いて、私は韓日関係に置き換えて考えてみた。

 イングランドは隣国のアイルランドを800余年間支配、侵略、植民地としたのでアイルランドの「反英」民族主義は強い。私は数年前アイルランドで、その国の「悲しさ」を体感してきた。「親英」と「反英感情」により独立以来、ギクシャクしてきたのは韓日関係と非常に似ている。今度の大統領の訪問は、最悪の両国関係を「和解」してくれるように歓迎したい。


  チェ・ギルソン 1940年韓国・京畿道楊州生まれ。ソウル大学校卒、筑波大学文学博士(社会人類学)。陸軍士官学校教官、広島大学教授を経て現在は東亜大学・東アジア文化研究所所長、広島大学名誉教授。