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2014/07/04

<随筆>◇私は〝クバクサ〟です◇ 産経新聞 黒田勝弘 ソウル駐在特別記者兼論説委員

 韓国人は雅号が好きだ。たとえば有名人でいえば政治家の金大中氏は「後光」で金泳三氏は「巨山」とか、財界人だとサムスンの李秉喆氏は「湖巌」で現代の鄭周永氏は「峨山」とかがそれだ。とくに有名人でなくてもいい歳になると結構、雅号を持っている。

 いわゆる〝文民エリート〟あるいは文人への伝統的なあこがれからだろうか。雅号にはどこか知的シンボルみたいなところがあるので韓国人の〝見栄心〟をくすぐるようだ。

 筆者も韓国人から「そろそろ雅号を持ったらどう?」と勧められることがあるが、実に気恥ずかしい。「日本ではそんな習慣はございません」とその話題からは逃れることにしている。

 雅号とは別だが、韓国人は結構、ニックネームも好きだ。釣り仲間に「シンバクサ(シン博士)」と呼ばれる友人がいる。知り合った当初はてっきり本当の博士と思っていたが、実際はそうではなかった。建築設計士なのだが、風貌や性格などがおっとりしていて知的なので、仲間からそう呼ばれるようになったにすぎない。しかし本人も結構、それで楽しんでいる。

 それから釣り仲間に「ソボロ」というニックネームの男がいる。これが傑作でタバコの「マルボロ」をヒントに自称「ソボロ」にしたというのだ。この謎(?)分かるかな。

 「マルボロ」は米国タバコの代表格である。内外の雑誌などによくその広告が出ているが、それを見るとカウボーイ姿のカッコいい男がくわえタバコで登場している。釣り仲間はこれにあやかり、本人の姿かたちはいまいちだから「マル(韓国語では馬)」を「ソ(韓国語で牛)」にして自称「ソボロ」で楽しんでいるというわけだ。

 「チョルラン」というニックネームもいて依然から由来が気になっていた。このところ釣行に現れないので「彼、このごろどうしているのかねえ」と話題になったおり、そのニックネームの由来を仲間たちに聞いてみた。しかしみんな「さあ…」と要領を得ない。そこで筆者が想像したのが「天狼(チョルラン)」。星座のオオイヌ座の「シリウス星」を「天狼星」というからだ。おそらく間違いないだろう。しかし漢字にからきし弱い現代韓国人はなかなかこれが想像できない。漢字での由来が分からなければ面白みはないのに、とひそかに苦笑したのだが、ところで筆者のニックネームは?

 実はかなり前から「クバクサ(ク博士)」になっている。ニセ博士で経歴詐称だが語呂がよく言いやすい。それに韓国では「パクサ(博士)」はカッコいいのだ。お店の予約などもっぱら「クバクサ」だし、知り合いの韓国人の間では結構、定着してそう呼んでもらっている。「博士」なんて日本では本物でも恥ずかしくて自称できないが、韓国では気にせず経歴詐称を楽しんでいる。


  くろだ・かつひろ 1941年大阪生まれ。京都大学経済学部卒。共同通信記者、産経新聞ソウル支局長を経て、現在、ソウル駐在特別記者兼論説委員。