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2022/02/04

<随筆>◇能楽の源流は東アジア◇金 珉廷さん

 10代で来日してもう30年になるが、日本の伝統芸能の敷居は高く、なかなか楽しむ機会を設けることができなかった。大学時代に一度だけ歌舞伎を見にいったことがあるが、早口言葉が出てくる「外郎売」とお弁当しか楽しめなかった。

 20代の頃、仕事で能楽を一度見に行ったこともある。あまりにも遅い動きが衝撃的だった。ひとつの動きに途方のない時間がかかるのは、何かを成し遂げるのに、数世代を費やす仏教の影響だろうか。韓国のお寺に行くと、仏画があるが、何千枚も書かないと書けない代物である。輪廻思想をもつ仏教において、ひとつの物事を成し遂げるためには何度も生まれ変わる必要があり、この世の時間は途方もない。そういう影響を受けた動きだろうか。その意味に触れたいと思いつつも、その後、能楽を見に行くことはなかった。それが昨年の年末、百済の民謡「井邑詞(チョン・ウプサ」を取り入れた能楽の舞台があると、狂言師・奥津健太郎さんから教えていただき、うかがった。

 井邑詞は現存する唯一の百済の民謡で、朝鮮時代まで歌われた有名な曲で、今は韓国の国語の教科書に載っている。行商に出た夫がなかなか帰ってこず、夫を心配する妻の気持ちを歌った歌である。


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