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2012/01/01

<総合>新春座談会『貿易自由化時代迎えた韓日経済』

  • 新春座談会『貿易自由化時代迎えた韓日経済』①

    韓日経済の未来について白熱した議論がなされた(中央が金時文・本紙編集局長)

  • 新春座談会『貿易自由化時代迎えた韓日経済』②

    かのう・よしかず 1943年鹿児島県生まれ。66年中央大学法学部卒業、77年一橋大学大学院経済学研究科博士課程修了。94年財団法人国民経済研究協会研究会長、07年~11年帝京平成大学現代ライフ学部教授。現在ウイリアムマイナー農業研究所客員教授。著書に「農業・先進国型産業論」(日本経済新聞社、82年)など。

  • 新春座談会『貿易自由化時代迎えた韓日経済』③

    これなが・かずお 1948年生まれ。71年成蹊大学法学部政治学科卒業、71年三菱商事株式会社入社、98年本店メタル事業部部長代行、01年ヨハネスブルグ支店長兼アフリカ地域代表、04年理事アフリカ大陸統括、09年コーポレート担当役員付上席顧問、10年社団法人日韓経済協会専務理事、財団法人日韓産業技術協力財団専務理事。

  • 新春座談会『貿易自由化時代迎えた韓日経済』④

    シン・ファンソプ 1958年韓国生まれ。84年全南大学校商科大学卒業(経済学士)。84年KOTRA入社。88~91年東京貿易館、94~97年福岡貿易館次長、99~2000年日本チーム長、00~03年大阪貿易館副館長、04~07年香港貿易館長などを歴任。09年から日本地域本部長兼東京貿易館長。93年商工部長官表彰、06年大統領表彰。

  • 新春座談会『貿易自由化時代迎えた韓日経済』⑤

    キム・ジンヨン 1958年韓国生まれ。85年慶南大学校経済学科卒業。09年高麗大学校生命環境大学院最高位課程修了。85年農水産物流通公社入社。2000年9月秘書室長、東京支社長、マーケティング支援部長、海外戦略部長。08年海外マーケティング処長、海外戦略処長、11年から東京支社長。93年農林部長官表彰、03年財政経済部長官表彰。

 韓国は昨年、EU(欧州連合)に続き米国ともFTA(自由貿易協定)を批准するなどFTAを積極的に推進した。一方、日本はTPP(環太平洋戦略的経済連携協定)交渉参加を表明した。また韓日中FTA推進で3カ国首脳が合意した。今年は韓中FTA交渉が開始される見通しであり、韓日FTAも交渉再開の動きが起きている。急速に進む貿易自由化時代を受け、アジアの基軸となる韓日両国は、どのような関係を模索すべきだろうか。「貿易自由化時代を迎えた韓日経済」のテーマで、4人の識者に語り合ってもらった。

◆出 席 者(敬称略)◆

日本経済大学客員教授           叶  芳和 氏
日韓経済協会専務理事           是永 和夫 氏
KOTRA日本地域本部本部長         申  煥燮 氏
韓国農水産物流通公社東京aTセンター支社長  金  鎭永 氏


 司会 まず自己紹介と、韓日経済関係についての見解を述べてもらいたい。

 是永 日韓経済協会と日韓産業技術財団の専務理事を昨年の6月から務めている。昨年6月に三菱商事の社長、会長をされた佐々木幹夫氏が両団体の会長、理事長に就任したことで、その事務方の専務として三菱商事から出向することになったものである。三菱商事入社後は主に金属畑を歩んできた。1990年から96年の6年間と2001年から09年まで8年間、南アフリカをベースに、最後はアフリカ大陸の責任者ということで、アフリカ全体23カ国を回ってきた。実は韓国とはほとんど縁がなく、87年~88年、ちょうどポスコがステンレス生産を始める頃に当時の担当者としてニッケルとかクロムの説明に行っていた。そのため、私自身は日韓の経済交流という仕事が果たしてできるのかと、大変不安な気持ちで仕事に就いた。だが、結果として実際に仕事を始めた昨年の7月から15カ月の間に24回韓国へ行くまでになった。この仕事をすればするほど日韓の交流は重要であると、まったく疑いのないところであると感じる。確かに87年の頃は近くて遠い国だという感覚がお互いにあったと思う。私は長らく商社の中で資源開発に携わっていたので、最近の日韓両国の連携した資源開発、特に三菱商事では韓国ガス公社と共にインドネシアでLNGを開発しているとか、住友商事が韓国鉱物公社とアフリカのマダガスカルでニッケルを開発しているとか、新日鉄グループとポスコがアフリカのモザンビークで石炭開発をしている等の動きに大きな関心を持っている。それと同時に今や両国が、OECDに加盟する世界の先進国であるという中で、資源開発だけでなく、それぞれの発展途上国の社会開発での寄与といった新しいビジネスモデルが出来つつある。それから、震災、欧米の金融情勢、タイの洪水など極めて不透明な世界情勢により、日韓の部品素材などのサプライチェーンの再構築等の経済連携の重要性が増していることも事実である。

 日本と韓国が世界トップ5に入る高齢国になっている中での高齢化対策、総合的医療、介護、看護などの相互研究。それに携わる人たちの資格の認証の問題など、わずか1年ではあるが日韓両国がいろいろな分野で一つになって、まさに一つの経済圏を作って行くことが大変重要だと考えている。

 申 KOTRAで日本地域本部長を務めている。日本には88年から行ったり来たりしながら延べ12年、海外勤務は香港の3年間を入れて15年になる。韓国は12月5日に年間貿易額1兆㌦を達成した。KOTRAの立場としては、できるだけ両国間の貿易を増やすことをめざしている。そして、投資部門はできるだけ多く日本の企業が韓国に進出して発展してほしいと思う。最近は韓国企業も日本に多く進出しており、お互いが進出しやすいよう環境づくりを主な仕事としている。2011年は11月末までに、日本から韓国への投資は20億㌦に達し過去最高を記録した。貿易額も10年は韓国側の赤字が361億㌦で過去最高を記録したが、11年は韓国からの輸出が伸び、対日貿易赤字額は300億㌦程度に減る見込みだ。KOTRAは、両国の貿易、投資の促進のために尽力している。

 金 85年にaTに入社し、日本勤務は95年、04年、11年と3回目となる。入社26年になるが、その半分は貿易関係の仕事をやっている。韓国は来年の農水産物輸出の目標を100億㌦に定めた。現在、韓国の農水産物輸出の3分の1が日本向けだ。このため弊社は輸出拡大のために支援機関として国際博覧会への参加支援や大手スーパーへの販促支援、バイヤー商談、テレビ、新聞などメディア対応などを行っている。私は東京での勤務が3回目となるが、地方へ出向いて新規開拓を行っている。

 叶 もともとはマクロ経済、産業構造の研究をやっていたが、途中から農業問題や中国問題、最近は環境問題の3本柱でやっている。最も力を入れている農業問題だが、日本の農業は弱い、だから自由化しても潰れない強い農業を作ろうというのが30年前からの私の提案だ。農業は研究開発が重要な先進国型の産業なのだから、可能であると主張してきた。しかし、まだなかなかそうなっていないのが残念だ。中国については90年、天安門事件1周年に初めて訪中した。皆が中国は潰れると言っていたが、将来中国はアメリカ並みの大国になると直感的に判断し、すぐに「赤い資本主義・中国」という本を書いた。中国は社会主義ではない、特色ある資本主義であり、必ずアメリカのような経済大国になるのだから中国をしっかり理解し、ちゃんと付き合っていかなければ日本の国益に合わないのではということで、それ以来20年間、中国問題を扱っている。韓国についてだが、私が初めて行った海外は韓国だ。約40年前、セマウル号が走り始めたころだ。ソウルから釜山まで友人とレンタカーで見て回った。先ほど是永氏は、韓日交流は疑うことなく重要だと話されたが、私はもっと深まることが可能だと思う。なぜかといえば日韓は、歴史問題はあるかもしれないが、韓国にとって新しい時代が訪れているからだ。中国のキャッチアップが非常に激しいだけに、技術力を高め産業構造を高度化するという課題が強くあると思う。そういう意味では、日本の技術と交流を深めていけば韓国にとってもプラスであるし、日本にとっては、アジア、太平洋の時代を迎えて中国や米国が争おうとしているわけで、日本だけでは力にならず、韓国と組むことが中国に対する発言力になる。こうした時代の新しい展開の中で歴史については和解して今後もっと協力を深めていくことが可能な時代に入ったと言える。

 司会 韓日FTA/EPAや米国を中心とするTPPが非常に話題となっているが、韓国と日本はこの問題に関してどういった対応をしていくべきなのか。

 申 ここに面白い統計がある。韓米FTAが発効した場合、今韓国は世界人口の40%を占める国とFTAを結んでおり、世界のGDPの60%を占めている。日本は世界人口の10%、世界のGDPの5%だ。韓国はEU、米国、ASEANとFTAを結んでいる唯一の国だ。韓国の貿易額はGDPを上回る110%で、日本は31%だ。このように韓国は今、貿易で経済を支えており、基本的に自由化しなければ経済を維持できない。日本との交渉を始めたのは03年で途中何度も中断したが、産業別によっては欠点もあれば利点もあり、韓国は自由化を進めようというのが基本的なスタンスだ。私も基本的にFTAを推進すべきだと思う。FTAはモノの移動、カネの移動といった壁を取り払うわけで、結局投資も含め、経済全体にとっては活性化に結びつくと思う。壁がなくなればヒト、モノ、カネの全てが自由に移動でき、韓日間もEUのような関係になるだろう。韓国も日本も海に囲まれ、船や飛行機でなければ海外へは行けない。国は小さいが両国とも状況は一緒だ。

 是永 昨年9月末にソウルで行った日韓経済人会議でも、一日も早いEPA/FTA交渉の再開妥結と一つの経済圏をつくることを力強く訴えた。日本と韓国には資源がない。ところが世界でも有数の先進工業国となった。それだけに資源は確保しなければならない。そこに中国という存在があり、日韓両国にとっては重要な隣人だと思う。経済的にも政治的にも大変重要な国で、こことも仲良くしていかなければならない。

 しかし、叶先生も発言されたように、一方で日本と韓国はとても小さな国で大国の中国とどう付き合っていくのか、韓日で連携していくことが必要だろうと私も同意する。資源という点からも、レアメタルといった希少金属も中国が首を押さえていてなかなか出てこない。人口も日本が約1億2000万人、韓国が約5000万人として、それぞれが別の動き方をして資源を確保しに行くのと、1億7000万人になって日本と韓国が一緒になって出て行くことで発言力も増してくるし投資リスクも減る。FTAの背中を押すということにもつながるだろう。

 ビジネスという点ではアフリカの国々は自分で自分のことをマネージしていくことがまだできない。そこへ日本と韓国が出て行って、資源を確保すると同時に農業の振興や水の整備、マラリアやHIVなどの予防といったことが日本と韓国ならば可能で、していくべきではないかと思う。投資の面では、韓国の対日貿易赤字が一方的なものになっているが、東レが慶尚北道・亀尾で行っているオペレーションを例に挙げれば、表面的には日本からの資材や原料が韓国へ行くわけだが、そこで知識や技術も同時に伝わり、韓国の人たちが加工し、炭素繊維になって世界の航空機に使われ、世界中を飛び回っている。そうした韓国発の産業がどんどん増え、日韓が連携した企業ができてきていることは10年前では考えられなかったことだ。

 金 農業関係については、日本と韓国で最も違うのは、韓国は輸出依存度が高い。このため韓国政府は、ずっと農民に対してアピールしてきた。韓国は80%が貿易に依存しているので、貿易が発展しなければ国家の発展もないと。08年から21兆ウォンの予算を組んで、08年から11年までに6兆ウォン支援した。それに対して結果的に韓国で最大の農民団体の会長が最近、FTA反対ではなく、対策作りが重要だと公表した。それによって、国民や農民団体が韓国は輸出が最も大事だと雰囲気が一変した。韓米FTAの中では、最後まで保護するのはコメだけだ。日本は韓国と違って砂糖や牛肉や豚肉など、もっと保護品目が多い。FTAは重要な品目は猶予期間が15年だが、TPPは原則的には7年と条件が厳しい。

 司会 韓国とEUは昨年FTAを発効させた。今年2月には韓米FTAが発効する予定だ。残る大きな市場としては、日本と中国がある。韓国では国会批准の段階で反対が強かった。日本の場合は、TPPに関してみると、かなり国論が割れる状態だが。

 叶 政治はTPP、経済は日中韓FTAと、政経分離で取り組めというのが私のTPP論だ。日中韓FTAが非常に効果があると思うのは、韓国も中国も関税が非常に高い、つまり関税の高いところの壁をなくさせることで貿易創出効果が大きい。世界経済全体からみても、最適な資源配分がその地域でできるわけだ。韓国、中国の関税がなくなれば、日本だけでなく世界経済全体にとっても効率を高めることになる。韓国や中国のマーケットの成長率が高いことに加え、高い関税をなくすわけだから貿易の創出効果は非常に大きいと言える。

 司会 長期的視野で見た場合、資源のない韓国と日本は貿易に力を注いでいくしかない。韓国の場合、対GDP比で貿易率は110%、日本の場合は31%でスタンスが異なる。日本の場合は国内市場が1億2000万人を超えているが、韓国は5000万人弱で違いもあると思う。貿易の自由化への取り組みは韓国と日本では異なるのか。

 叶 韓国は貿易立国であることが非常に明確だ。農業についても韓国は非常に早くから取り組んでいる。例えば98年、コメ農家に対しては早く引退すれば70歳までは補助金を払うなど、早い時期から高齢者の引退の政策を打ち出している。コメ以外の全作物の農家にも広がっている。それは農業が経済の足を引っ張ってはいけないという非常に明確なことだ。私は30年前から農業は強くならなくてはいけないとずっと言い続けている。そういう意味では韓国のほうが、農業が市場開放の邪魔にならないように着々と手を打ってきている。逆に日本は貿易立国の精神が後退している。

 是永 私が会社に入った40年くらい前から貿易をしなければ、この国は生きていけないというスタンスは基本的に変わっていない。ただ、ビジネスモデルは大きく変わって例えば20年前くらいまでは、日本のお客さんで英語を話せる人は少なかったし、例えば海外の生産者と日本のお客さんとの間に入って通訳もして、ここから買って、こっちへ売るというエージェント的なビジネスで何とかマネージできた。だが、ある時期から皆が勉強してきて、間に入っているだけでは成り立たなくなってきた。これによって自ら高いリスクを背負ってカネを出して投資して、自らが資源を抑えるという自らが生産者になるビジネスモデルに変わってきた。要は仕事の仕組みが変わったわけだが、基本的に日韓両国は、資源にしても何にしても作ったものを輸出するという仕組みは変わっていないと思う。

 叶 貿易の目的は輸入だ。やはり輸入するために輸出する。それがその国の国民を豊かにすることだ。だから、貿易立国と言うには、輸出だけでなく輸入も含めて、輸入するためには外貨を稼がなければならないわけだ。

 申 KOTRAは62年に大韓貿易振興公社という名称でスタートした。韓国には輸出保険公社というのがあるが、11年から貿易保険公社に名前を変えた。それでも実際の中身は輸出促進のために業務を行っている。叶先生や是永専務が発言されたように、貿易自由化というのは輸入自由化でもある。輸入には2つの意味がある。一つは、韓国のように、輸入のほとんどが輸出用の原材料や資材、設備であること。そして、もう一つは実際に輸入と輸入促進は、国民の生活を豊かにするためのものであることだ。一般消費財から耐久性消費財など、自国で生産されているものよりも質が良くて値段が安いとなれば、国民としては、今よりも豊かな生活ができるようになる。結局FTAというものは基本的な概念として、生産基盤を良くし、国民の生活を今より少しでも良くするものだ。だから韓国の5000万人と日本の1億2000万人の計1億7000万人がもっと幸せになろうというもので、これは絶対にやったほうが良いと思う。

 金 農業では穀物自立度が韓国は26%、日本が25%と低い。OECD加盟国の中で韓国が28位、日本が29位だ。果物や肉などある中で一番問題となったのは、肉の被害だ。全体の所得の20%がコメ、40%が肉だ。この肉の問題に関して、どんな被害対策をつくるかを、10年~15年の期間に予算を使って、品種改良を含め、飼料の問題などに対応しなければならない。そして韓国は、コメ以外については自立度が低い。例えばチリと最初にFTAを締結した際には、最も懸念されたのがブドウだった。他には済州島のバナナもあった。現在、バナナは競争力を失って今は全くないが、ブドウは残り、最近では輸出量が増えている。このように輸入品代作を立てられる品目は時間をかけて徹底的な対応をするのが重要だ。消費者も同じものなら輸入品よりも地産地消の意味で自国のものが安全だと考える。また、韓国では飲食店においてコメとキムチに関しては原産地表記が義務付けられている。これによってコメとキムチに関しては国産の消費が進んだ。日本は品質改良などさまざまな面で技術が高い。だから、安いものが入ってきても、良いものを作って地産地消を活用して、海外輸出の対策を立てることが重要だと考える。日本と同様、韓国も2~3年の間には、中国向け輸出が50%ほど増える見通しだ。その他、香港やシンガポール向け輸出も30~40%増える見込みだ。こういった国は、中国産を消費していたが、最近は安全性の問題から韓国や日本から輸入している。こうして対策を立てれば、全てではないにしても守ることができるのではないか。

 申 相手国によっても変わるが、例えば韓米FTAで最も農業以外に問題になったのは自動車だ。アメリカはなるべくメイド・イン・USAの車を韓国に売り込みたいが韓国の現代はそれを防ごうとする。繊維はかつて韓国から輸出したが、逆に言えば、さまざまな繊維製品、洋服があるが、純粋なメイド・イン・USAのものはなく第3国で生産したもので、ブランドだけアメリカ産だ。実際に一般の生活用品はあまり関係ない。先ほどいろいろな話しがあったが、WTOやTPPは多国間によるものだが、韓国と日本であれば2国間になるわけだが、2国間で交渉できないことが果たして多国間で一緒にできるのかと疑問に思う。なぜこんなことを話すのかと言えば、韓国は政治的に国益のためにやったほうがいいと言えば与党は一致団結してやるが、日本は与党内でもTPP反対派が多くまとまらない。

 司会 韓国も日本も貿易自由化を進める場合、必然的に農業が問題となる。どう対応していけばよいのか。

 叶 TPPに参加しても、直接支払いによる農家所得補償など、農業は変わらない農政の仕組みがある。私はだからTPPは農業改革に役に立たないと言っている。今まで輸入障壁でブロックし、消費者が高い価格で買っていたものを、今度は関税を無くし、自由に入ってこられるようにして、その代わり国内の農家には、直接支払で所得補償するということだ。農家が潰れたら困るということで、税金で面倒をみる。これが国際的な合意だ。関税収入を元手に農家に補給金を出していたのを、税金に置き換えるだけで、まったく変わらない。

 だからTPPに入ったら農業が潰れるというのはまったくの間違いで、何も分からない人たちが議論しているだけのことだ。ただし、今度は税金で面倒を見るとなれば財政負担が非常に膨らんでくるわけで、内外格差が大きいとその分、国民生活を圧迫する。だから、農業補助金を削れという異論が必ず出てくる。そこで、コストを下げるにはどうすればいいのか。TPPに入っただけでは何も変わらない。財政負担が大きくなって国民生活を他の面で圧迫するからコストダウンして内外価格差を小さくするという次の段階の議論になる。そこで農業の構造改革が始まる可能性がある。構造改革には競争原理が効果的だ。そのためにはどうすればいいのか。そこで日中韓FTAを提案したいのは、韓国と日本は産業構造が似ている。農業も似ている。だから、ここを自由化し、2国間で競い合い、切磋琢磨してコストを下げ、品質を上げる。そのあとでグローバルな自由化に入っていく。それが終わった段階で10年後に大競争時代に入っていけば大丈夫なわけだ。このように2段階で自由化したほうがよい。

 金 農業問題は韓国も日本も同じだが、農業の高齢化、担い手が少ないというさまざまな問題を含め、これから競争力を上げるためには、耕作面積をもっと増やすことも重要だ。韓日共に企業が農業に参加することは難しいが、今後は企業も積極的に農業に参加できるよう対策を作ることが重要だと考える。それと、反対だけでなく、今後10~15年にわたり、どういった対策を作ればよいかと提案することがもっと生産的ではないかと思う。そうした力をすべて結集させて反対だけでなく、守るべき品目を絞り、対策を講じるべきだ。

 叶 中国マーケットが日本の農産物の一番の輸出先だ。今までは工業製品を輸出して中国に助けてもらっていたが、これからは食料、農産物が中国のおかげで発展するだろう。中国でも日本の安全なもの、おいしいものを食べたいという人がいっぱいいる。中国の4~5%の人は何倍高くてもいいものが欲しいという人たちが増えている。

 例えば、乗用車の生産は1800万台で世界一だが、80万~100万台も輸入がある。日本以上に高額の外車を輸入している。中国は経済発展で所得が上昇し、富裕層が出てきて、より安全で、よりおいしいものを求めるようになった。これはアジア全体で言えることだ。そこで求められるのが日本のものや韓国のものだ。日本や韓国の農業が輸出産業化し、アジアの食料基地になるというのが私の30年前からの基本的な考えだ。そういう時代がいよいよやってきたわけだ。

 司会 韓国は輸入自由化でバナナ産業がなくなり、中国産キムチや唐辛子が押し寄せた。農業の先行きを懸念する声は国内で強いが。

 申 例えばダイコンや青菜などは自由化しても、米国から輸入はしないだろう。モノによっては、地元で生産して消費できるものがあるわけだ。また日本のコメは本当においしい。だから値段は2~3倍高くても、中国の富裕層が買う。そのように高くても売れるものはある。競争力のない農水産物は、5~10年ほどは自立できるまで、国がいろいろな形で対策を講じることが必要だ。

 是永 年間の日韓の人的往来者数は500万人を超えている。もちろん中国からもたくさん来ている。そんな中で一つの経済圏を作らない理由はない。例えば米韓FTAで生野菜の話しは出ない。日韓だから出る話だ。それと日中韓というが、順番的に日韓が先にやって、その次の中国に備えていくほうがよい。

 司会 叶先生は、農業は先進国型産業という考えをだいぶ前から主張しているが、日本ではなかなか浸透していない。浸透できない要素があるのだろうか。

 叶 日本の農業構造は韓国と同じで小規模、零細で高コストだ。だから市場開放すると国内農業がつぶれるという問題が基本的にはある。だが、それは時間の変化でだいぶ変わってきた。高齢化で担い手がいなくなり、規模拡大が容易になってきた。経営能力さえあれば、借地農業で20㌶、30㌶はザラにある。農業で一番難しいのは経営、マーケティングだ。

 日本の農作物を高くても買ってくれる消費者が海外にたくさん出てきている。新しい考え方でやっていかなければならない。今まで日本が思うようにいかなかったのは零細規模でできなかったということもあるが、輸出するという発想がなかった。今ようやく輸出もやろうということで、政府は5年で1兆円をめざそうとしている。私は1兆円ではなく何兆円でもできるし、守りから攻めの時代へ変わってきたと思う。

 司会 韓国は農水産物に力を入れ、日本には花の輸出が盛んだ。

 金 花の輸出は所得が高く、韓国は力を入れている。04年以降、韓日FTA交渉は中断しているが、韓日関係で農産物の問題は、ほとんどないと思う。韓国も耕作面積が小さいので国内消費向けだけで精一杯だ。例えばパプリカは10年前までは、オランダやニュージーランドがほとんど輸出していたが、その後、韓国もパプリカを生産するようになった。しかし、当時は国内での需要はなかった。日本向け輸出だけをやってきた。そのおかげで今では日本のパプリカ輸入の70%が韓国産だ。

 日本のバイヤーは更に多くのパプリカの発注をしてくるが、3年前からは韓国内でも需要が増え、全量を供給できない状態だ。

 司会 韓日FTAに関する最大の心配は農業問題だったが、もう一つ、貿易赤字という問題がある。韓日FTA交渉を始めようという話が出ているが、韓国側ではまだ抵抗があるとも聞いている。

 申 その抵抗というのは自動車産業だろう。交渉再開に向けた韓国と日本の政府の局長レベルでの話はあったが、これからまだ時間がかかりそうだ。

 司会 ここで韓日の交渉が遅れたら、韓国と中国、日本と中国が先にFTAを行うのでは。

 申 そういった心配はいらないと思うが、その可能性もあり得るということだ。韓国にはKIET(韓国産業研究院)という研究機関があるが、日本のアジア研究所と交渉中断中も研究は継続して行っている。先ほどの農業に戻るが、日本は縦長の国だから季節によって韓国で栽培できないもの、例えば真夏にハクサイは採れないから北海道から持ってくるようにして互いに融通し合えばよい。洪水や台風などの自然災害で値段が上がったら一つの国として考え、双方で補給し合えば安定供給ができる。

 是永 FTAは重要で結局やらなければならないわけで、FTAで国をもっとオープンにし、相互にWIN-WINの部分と、相互に弱いところのサポートをし合えると思う。非関税障壁の問題があるが、そもそも年間500万人の相互往来があるのに、空港でスタンプを押すこと自体がナンセンスだ。

 申 6年前にオランダ、ドイツ、フランスとEU諸国に行ったが、域内では入った時に1回スタンプを押して最後の国でまた押してもらうだけで実に便利だった。

 司会 韓日中のFTAも環境を早く整えるようにすべきだと思うが。

 是永 中国ももちろん重要な国ではあるが、やはり自由主義経済であり民主主義国家である日韓が先にという順番になってくるのではないかと思う。

 当協会では高校生の交流キャンプという事業を年2回、日本から50人、韓国から50人の計100人が参加して行っている。例えば2月に韓国で開催したら次は8月に日本で行うといった形で、互いに高校生が言葉も分からない状態で緊張してやってくるわけだが、4日間生活して、いろいろな勉強をして、街に出たりして発表をまとめる。そして5日目に別れるのだが、皆泣いて別れを惜しむ。確かに両国にはいろいろな歴史があって問題もあるが、次世代を担う若者たちは我々を遥かに超えた新しさで結ばれている。

 申 私は88年に日本に初めて来たが、地方に行った時、ほとんどの家が一軒に車が2台ずつあるのが印象的だった。当時の韓国は地方に行ってそんな家は100軒に1軒もなかったと思う。それが最近では、同じ光景が韓国の地方でも見られるようになった。そのくらい豊かになったということだ。ここで面白いのは、日本の一人あたりGDPは円高もあるが、4万~5万㌦くらいだと思うが韓国は2万㌦だ。単純に一人あたりの所得は日本のほうが倍以上ある。

 しかし、OECDが毎年発表する購買力評価指数(PPP)では、日本は3万3000㌦だが韓国は3万㌦だ。だから、同じお金をもらっても日本は物価が高いわけで購買力ではほとんど差がない。それだけ韓国は豊かになったということだ。その差がなくなったということは、経済の面でもっと連携してもいいのではと思う。

 司会 叶先生は韓日中FTAが非常に重要で最優先すべきと主張されたが。

 叶 日本の経済戦略の観点から言えば、TPPの効果は10年後だ。それよりも今低迷する経済をどう活性化するのかが大事なことで、そういう意味では経済効果の大きい日中韓FTAを迅速にやるべきで、TPPは同時に推進すればいいというのが私の主張だ。貿易を創出できるかどうかは、関税が高いところの壁を無くすことが重要で、アメリカみたいな低い国の関税を撤廃したところで貿易が伸びるわけではない。関税の高い中国は平均すると10%、韓国は平均7%ある。つまり相手国の関税を低くすることで貿易が伸びるわけだ。そういう意味では、経済効果で即効性があるのは日中韓にとって非常に大きなメリットがある。

 日本の技術が入っていくことで、韓国の工業は強くなる。韓国がこれから一番苦労するのは中国だ。中国が追いかけてきて同じものを作ったら韓国は輸出能力がなくなる。だから韓国の産業構造を高度化させて高付加価値の製品を作るには、日本の技術を活用したほうがいい。そういう意味では、韓国側が日本と組まなくてはならない必然性が増えてくるだろう。

 日本と連携を強化して日本の持っている技術をもっと活用したほうが韓国の産業構造を高度化できるのではないか。そうしてこそ初めて韓国は持続的な成長が可能になると思う。日本にとってはマーケットが広くなり、韓国にとっても日本の技術をもっと活用しやすくなるという点では日韓ともに共通の利益があると考える。

 申 韓国は米国やEUとFTAを結んだが、日本が米国やEUと自由貿易をするには何年かかるか分からない。極端な話だが、韓国を通じて世界進出という考えもできるだろう。

 司会 最後にEU経済が不透明となり、米国の国力も以前より弱くなり、もはや1強ではない。アジアは中国が大きな力をつけていて、そこに日本と韓国という産業界を席巻している2つの国がある。時代がアジアへという流れの中で、今後のあり方をどう考えるべきか。

 是永 例えば日韓が連携した資源開発などは民間レベルで既に進んでいる。それはそれでどんどん推進すべきだ。JX日鉱日石が潤滑油を韓国で生産するといった民間でできるプロジェクトをどんどん積み上げていくことしかないと思う。あとは政治的判断だが、もう日韓FTAはある程度のところまではきていると思う。民間でできることはどんどんやっていけばいいし、かつ日韓の民間レベルでは相互信頼というのが間違いなくできていると実感している。

 もう一つは、特に韓国側から日本の中小企業の対韓投資、対韓進出について非常に積極的に声をかけてもらっている。9月に日本の中小企業経営者の皆さんをお連れして釜山から光陽までの部品素材専用工業団地を見学した。

 欧米の経済は不透明であり、タイの洪水問題もあり、お互いが非常に真剣になっている。こういう流れもあって推進していきたいと思う。そういう中で日韓が急激な少子高齢化を迎えており、せっかく企業を創っても後を継ぐ人がいない。医療や介護といった問題も日韓両国が近いということを利用して前向きに進めていかなければならない。そういうことを総合的に考えると、いろいろな意味で日韓の更なる協力というのが必要だと考える。

 申 東南アジアを含めて今はアジアの時代だ。我々は東アジア経済圏をつくるべきだという大きな話しがあるが、それはやはり韓日から始めようということだ。その後、中国へも広げればいい。

 中国は今、FTAを結んでいるのは、ASEAN諸国、パキスタン、チリ、ニュージーランド、ペルー、ベトナム、台湾、香港、コスタリカ、交渉中なのはノルウェー、オーストラリア、南アフリカ、インド、スイス、韓国などがある。中国はどんどん拡大している。特に東南アジアとはすべてFTAを結んでいる。

 こう見てみると実際に残っているのは韓日くらいだ。韓国はOECD加盟国で先進国だ。購買力もある。東南アジア、南アジアを含め、アジアで一つの経済圏を作るためには、韓日から始めようというスローガンを掲げたい。

 金 歴史的観点からみても、流れは西洋から東洋に移っている。アジアで一つの経済圏を作るためには韓日中が一足早く、戦略的にFTAを結ぶべきだ。

 叶 一つ留意すべきは、FTAにしろ、TPPにしろ、ブロック経済である。自由貿易の側面もあるが、一方では保護主義的で排他的なところがある。TPPというのはアメリカ主導であって、どこかを排除しようというのでは困るわけだ。

 これからアジアの秩序をどう作っていくかが今後の大きな課題になるが、端的に言って日韓抜きにアジアの秩序などありえない。そう考えても日韓がリーダーシップをとれるわけだ。その時の理念は公正な自由貿易だ。公正で自由な貿易をアジアでつくっていくという理念のもと、排他的にしないことが重要である。そのことがアジアの平和につながっていくと思う。