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2008/02/01

<鳳仙花>◆申告による国籍取得法案を◆

 在日韓国・朝鮮人のサッカー選手を取材すると、国籍に翻弄された在日社会の縮図が見えてくる。

 在日3世の朴康造(パク・カンジョ)選手が、在日で初のサッカー韓国代表となったのは2000年のこと。05年には在日3世のJリーガー安英学(アン・ヨンハク)選手と李漢宰(リ・ハンジェ)選手が北朝鮮サッカー代表に選ばれた。そして昨年は、在日4世の李忠成(リ・タダナリ)選手が本名のまま日本国籍を取得して日本代表入り。北京五輪出場権獲得に貢献した。

 日本生まれの3、4世がなぜ韓国・北朝鮮・日本の国籍に分かれているのだろうか。そこには日本の戦後処理の過ちがある。

 第2次世界大戦の敗戦国・日本は、1952年のサンフランシスコ講和条約で独立したが、その際、それまで日本国籍だった旧植民地の朝鮮人・台湾人を、一斉に外国人として切り捨て、社会保障などからも排除した。旧植民地出身者に対し国籍選択権を与えるという国際慣例を無視した過ちであった。

 様々な差別の中、旧植民地出身者を非人道的な生活に追いやったといっても過言ではなく、歴史に大きな汚点を残した。

 戦後60年以上が経ち、この間、年間8000人から1万人の在日が帰化している。国際化が進む中、民族と国籍が一致する必要はないというのは、社会の趨勢となっている。しかし、手続きが簡素化されたとはいえ、法務大臣の「許可」による帰化制度は続いている。

 少なくとも、戦後処理の被害者というべき特別永住許可者(終戦を日本で迎えた韓国・朝鮮人と台湾人で、引き続き日本に居住している本人とその子孫)に対しては、法務大臣による許可制度の帰化ではなく、「申告」制で希望者は無条件に承認される法制度に変えるべきではないだろうか。自民党内では最近、申告制度に改める「国籍取得緩和法案」の提出が話し合われている。早期立法化を求めたい。(L)