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2009/02/20

<鳳仙花>◆金寿煥(キム・スファン)枢機卿の死を悼む◆

 韓国カトリック教会の金寿煥枢機卿が、17日に肺炎のため亡くなった。86歳だった。老衰が進み、昨年夏から入院生活を送っていた。カトリックでは死を迎えることを善終(大罪のない状態で亡くなること)と言うが、韓国のメディアはこの「善終」という言葉で死去を大きく伝えた。李明博大統領をはじめ各界が哀悼の意を表明し、ソウル市内の明洞聖堂には1日で約10万人が哀悼に訪れている。

 金寿煥枢機卿は1922年大邱生まれ。父は陶器職人だった。若くして信仰の道に入り、日本の上智大学に進学したが、戦争の激化で留学を断念。51年に神父となり、68年ソウル大教区長、69年、47歳のときに教皇ヨハネパウロ6世によって枢機卿に任命された。韓国初の枢機卿で、世界最年少の枢機卿でもあった。

 金寿煥枢機卿の生涯を語るとき、注目されるのは、常に貧しい人々、虐げられた人々の存在に心を傾けたことだろう。「教会は社会の中に入れ」と説き、実践した。貧民、撤去民などに直接会って話を聞き、彼らの権利が侵害されることに抗議した。政治とは一線を画したが、民主化運動の心の拠り所となった。明洞聖堂に立てこもった学生・市民をかばい、警官隊に向かって「まず私を連行しなさい」と叫んだことも幾度となくある。「多くの事件や事態に遭遇し、はからずも人権社会正義運動の中心にいた。当時の心境を言葉や文章では表現しにくい」と、回顧録で当時を振り返っている。

 常に笑みを絶やさず、涙もろいロマンチストで、時代劇のファン。生活は質素で、狭い自宅は粗末な家具とベッドだけだったという。障害者福祉、死刑制度などでも積極的に発言し、キリスト教信者にとどまらず国民全体から愛され、精神的支えになった。

 延命治療をことわっていた金枢機卿は、死後の角膜寄贈を頼んだという。その奉仕と犠牲の精神は、韓国国民の心にこれからも受け継がれていくだろう。合掌。(L)