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2021/11/19

<鳳仙花>◆ロッテ創業者初の回顧録◆

 韓日にまたがる巨大な企業グループを築き上げたロッテ創業者の辛格浩(重光武雄)名誉会長の生誕100周年を迎え、ロッテ持ち株が初の回顧録「熱情は眠らない」(ナナム出版)を出版した。大部の424㌻。多数の貴重な写真も収録している。

 「母国の経済発展に貢献する」という経営哲学を追求し、生涯の願いだった韓国最高峰555㍍のロッテワールドタワーを2017年に完成。昨年死去した。韓国と日本を中心に20数カ国で200社以上からなる大企業グループを創造した傑出した経営者だが、その素顔はあまり知られていない。この回顧録は、彼が生前に残した言葉をベースにその人生と哲学を体系的に次世代に伝えるために書かれた。

 1921年に慶尚南道の寒村で生まれた辛氏は小説家を夢見る文学青年だった。山本有三の小説「路傍の石」にある「たった一人しかいない自分を、たった一度しかない人生を、本当に生かさなかったら、人間、生まれてきたかいがないじゃないか」の言葉にあるように、「やりがいを求めて大きな世界に行きたい」と日本行きを決意をした。

 牛乳配達など苦学の末、48年にロッテ製菓を創業し、常に高品質の本物志向で事業を拡大していった。65年の韓日国交正常化を受け、祖国韓国への投資に乗り出した。興味深い逸話も紹介されている。母国での初事業として防衛事業の提案を受けたが、経営哲学に合わないと拒否。66年に当時大統領秘書室長だった李厚洛氏から製鉄業の提案を受け、専門家からなるプロジェクトチームを組織し準備を進めた。ところが翌年国家事業として推進するとの朴泰俊大韓重石社長(当時)氏の説得にあい、しばらくの沈黙の後「母国の製鉄所建設の助けになれば、それだけで満足だ」と8カ月間かけて調査・研究した報告書を無条件で渡した。

 辛東彬会長は回顧録の献呈辞で「父に学んだ最も大きな教えは、企業は国家と社会に寄与する存在でなければならないということだった」と記している。その端的な例が用地取得から完成まで30年かかったロッテワールドタワーだ。辛名誉会長は「この事業が単純な利潤追求だったら無理だっただろう。ソウルの品格を高め、韓国の国格を高める一助になるならば、その価値は金銭では換算できない」と語っていた。

 回顧録につづられた「韓国の高度成長最後の巨人が見せた挑戦と熱情」は読者にも胸を打つものがある。


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