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2012/01/01

<Korea Watch>羽ばたく文化人

  • 羽ばたく在日コリアン①

    すぎの・きき 1984年広島県生まれ。慶應義塾大学経済学部卒。2006年映画『まぶしい一日』で女優デビュー。11年4月映画『歓待』で主演兼プロデューサーを務める。今年『大阪のうさぎたち』全国公開予定。スターダストプロモーション所属。

  • 羽ばたく在日コリアン②

    ルンヒャン 1980年福岡県・筑豊生まれ。在日3世。シンガーソングライター、ピアニスト、サウンドプロデューサー。本名は李綾香(リ・ルンヒャン)。昨年1月サウンドプロデュースにShingo.Sを迎え、セカンドミニアルバム『明日を願うなら』をリリース。今年は1月27日の東京・代官山LOOPでのライブを皮切りに、全国ツアーとアルバム発表を予定。http://ameblo.jp/rung-hyang/

  • 羽ばたく在日コリアン③

    キム・チョリ 1971年大阪生まれ。在日3世。東大阪朝鮮高級学校を経て京都芸術短期大学(現・京都造形芸術大学)映像科に91年入学。学内の演劇部「集団錆」の代表を務め作・演出を担当。卒業後、93年に劇団メイを結成。

◆女優兼映画プロデューサー 杉野 希妃さん◆

 第24回東京国際映画祭(2011年10月22日―30日)アジアの風部門で、「女優=プロデューサー杉野希妃~アジア・インディーズのミューズ」特集が開催され、女優デビュー作『まぶしい一日』から出演兼プロデュース作品『大阪のうさぎたち』まで、計6作品が一挙上映された。また、今年2月5日に横浜・関内ホールで開かれる「第33回ヨコハマ映画祭」で最優秀新人賞を受賞することも決定。いま最も注目を集める新進女優兼映画プロデューサーである。

 「経験も実力もまだまだなのに、東京国際映画祭で特集が組まれたのは本当に過ぎたこと。私がプロデュースした作品は既存の枠にとらわれない映画が多いので、観客にどう伝わるか不安だったが、全作品を見てくれた人もいたし、とても刺激を受けたと言ってくれた観客もいて本当にうれしかった。ヨコハマ映画祭の受賞も光栄で、賞の名に恥じぬよう精進していきたい」

 『歓待』(深田晃司監督)は、ある夫婦が運営する下町の印刷所に外国人移民が住み着くことから起きる騒動をユーモラスに描き、多文化共生社会を訴えた作品。各国の留学生がエキストラで出演した。同作品は2010年東京国際映画祭で「日本映画・ある視点部門作品賞」受賞。また11年1月に開かれたオランダ・ロッテルダム国際映画祭スペクトラム部門にノミネート。昨年全国公開された。

 「家族とは何かをテーマにしながら現代日本を風刺した内容が面白く、長編映画にしたいと考えた。多くの捉え方ができる余白のある作品で、日本の閉塞感を少しでも打破したい一心で、主演とプロデュースを引き受けた。また風刺的な内容を通して、異文化理解とは何か伝えたかった」
 
 慶応大学在学中の06年、韓国オムニバス映画『まぶしい一日』の「宝島」編で主役を演じた。その後、映画女優の道を歩み、『歓待』でプロデューサー業に進出した。

 「日本では役者はただ管理されるだけの職業だが、それに疑問を感じていた。役者も表現者であり、役者自ら発信する作品があってもいいのではないかと思った。役者の立場を生かしつつ、アジアを結ぶ合作映画に挑戦してみたいと考えた。プロデューサー業は企画、脚本開発、キャスティング、配給、宣伝、映画祭や海外セールスと全てに携わるので、正直負担が多い。特に資金集めには苦労した。しかし、その分やりがいを感じるし、何よりも映画制作は楽しく素晴らしい。今後も国境や職業の垣根を超えて、表現活動を続けていきたい」

 またマレーシア人監督の2作品『マジック&ロス』(リム・カーワイ監督)『避けられる事』 (エドモンド・ヨウ)も制作・出演した。『マジック&ロス』は韓国のヤン・イクチュンさん(『息もできない』の主演兼監督)ら7カ国の映画人が参加した作品で、2010年の釜山国際映画祭でワールドプレミア上映されている。

 「香港を舞台に、韓国と日本の若い女性が知り合い、共鳴と反発を繰り返しながら関係が変化していくようすを幻想的に描いた。アジアの越境というか、多国籍な漂流者の視点で作った。多国籍で作ることで、エネルギーに満ちた、これまでに見たことのない作品になったと自負している」

 最新作で今年一般公開される『大阪のうさぎたち』(イム・テヒョン監督)は、わずか一日で撮った実験映画。

 「人類最後の日に人はどう生きるかがテーマだが、東日本大震災が発生して、映画のテーマにより関心を持ってもらえた。今後、震災に映画人としてどう向き合うかも考えていきたい」


◆シンガーソングライター ルンヒャンさん◆

 昨年末に都内で開かれたライブ、「私の歌をクリスマスプレゼント」の思いを込めて、白シャツに赤の蝶ネクタイ姿という装いで登場すると、会場は大歓声。ライブを締めくくったのは自ら作詞・作曲した「明日を願うなら」。

 「明日を願うなら 祈るだけじゃだめさ 無茶なくらいがむしゃらに生きる 間違いだらけのLIFEでもいいだろう」

 シンガーソングライター、ピアニスト、サウンドプロデューサーとして多彩な活動を行う。昨年10月には在日コリアン劇団アランサムセの公演『歌姫クロニクル』に、歌姫ナビ(蝶)役でゲスト出演し、華麗かつパワフルな歌声で観客を魅了した。

 「芝居に出たのは初めてだったので緊張した(笑)。ナビ(蝶)と呼ばれる激しい気性の女性歌手役で、ジャンヌダルクのような存在だったので強いメッセージソングを歌った。在日の存在や民族教育を考える上で、一つの問題提起になったと思う。歌の持つ力も伝えたかった」

 1カ月に3、4回のペースでライブを行う。ステージでは自らが作詞・作曲した歌のみを歌い、その歌唱力には定評がある。またライブではひょうきんで、冗談を言って会場の笑いを誘うこともある。

 「老若男女問わずどんな層でも受け入れやすい音作りを心がけている。聴く人すべての暮らしに彩りを与えられるような、そんな『人生のBGM』を目標としている。

 人のずるさとか汚さとかもオープンにして、その部分もお互いに向き合って受け入れる。そんな関係を作れればいいし、そんな歌を歌いたい」

 歌手活動の一方、青山テルマ、Superfly、YU-A、竹本健一など様々なアーティストとのコラボレーションやライブ・レコーディングサポートを手がける。また都内の音楽学校メーザーハウスで、「シンガーソングライター」コースの講師を担当。音楽家を目指す十代の若者たちの、良きお姉さんでもある。

 幼いときからクラシックピアノを習った。民族学校に通い、伝統楽器や伝統舞踊にも親しんだ。韓国の人気歌手ユン・ドヒョンバンドと共演したことがきっかけで、新しい音楽活動を目指す。

 「ユン・ドヒョンバンドは韓国を代表するロックバンドで、ライブの素晴らしさとストレートな音楽性に深く感銘を受けた。私もああいう活動がしたいと考え、志を同じくする音楽仲間を募り、輪が広がっていった。ポップスの中に韓国伝統楽器、伝統芸能を取り入れた楽曲も発表している。多様な音楽表現を追求したい」

 「在日3世なので日本文化を知っているし、在日社会で民族文化も習った。その感性を大切にしたい。在日はどこにも属すことができず、また属していない存在だ。在日のアイデンティティーとは何か、すぐには答えが見つからないが、どうすれば全員がハッピーになれるか、在日コリアンがハッピーになれるかを考えながら歌い続けたい。多民族共生、多文化共生という言葉があるが、歌手活動を通して、それを表現したい。そして韓日はもちろん、いつか世界で勝負したい」


◆劇団May主宰 演出家兼役者 金 哲義さん◆

 関西で劇団Mayを率い、作・演出を担当する。昨年3月、とある民族学校での運動会をテーマにした『晴天長短』で、日本演出者協会主催若手演出家コンクールの最優秀賞と観客賞をダブル受賞。いま注目の演出家兼役者である。

 「在日をテーマにした作品を選んでくれたことは、とてもうれしく励みになった。自らの居場所を探して演劇活動をしているが、その方向性が間違っていなかった。在日を主人公にしつつ、マイノリティーのアイデンティティー、生き方等普遍的な問題を描いてきた。それが受け入れられたと思う。今後もより良い作品を発表したい」

 中学生時代、チャップリンの映画を観て衝撃を受け、俳優になりたいと思った。京都芸術短期大学(現・京都造形芸術大学)映像科に進学し、学内の演劇サークル「集団錆」で演劇活動に取り組む。卒業後の93年、同大OBを中心に「劇団メイ」を結成した。以後メンバーチェンジを繰り返しつつ、関西を中心に公演を続ける。

 02年、名称を「May」と改めるが、04年まで演劇公演は休止。その間に、ライブイベントへの参加(チャンゴなど伝統民族楽器を多用したパフォーマンス)や、パフォーマーとしてバンドのライブへの参加など、演劇以外の活動を行う。そして04年以降、それまでフィルターを通して描いてきた「在日コリアン」という金哲義のルーツを全面に出した作品を連続して上演し、ことし8年目を迎えた。現在のメンバーは8人で、金さん以外は全員日本人だ。08年、東京・新宿の小劇場タイニイアリスで開かれた「アリスフェスティバル」に初参加し、これまで『風の市』『夜にだって月はあるから』の2作品でアリス賞を受賞した。

 これまで手がけた作品は、SF調、現代劇、家族ものと作風は多様ではあるが、一貫して「在日のルーツ」というテーマに基づいた作品を描き続ける。また以前は大がかりなセットを組む事も多かったが、近年はシンプルな舞台装置の中で、役者の動きの多様さ、細部までにこだわる照明などで見せるスタイルに変わりつつあり、「映像的な舞台」と評される事が多い。

 「演劇を観に来てくれるのも、在日より日本人が多い」。

 昨年末にタイニイアリスで上演した新作『ビリーウェスト』は、民族学校に通う男子高校生が、自らのルーツを探す、ユーモアと生きるパワーにあふれた物語だ。

 「故郷の歴史や動乱を直接的に見聞きした世代ではないが、故郷で激動の時代を歩んだ祖父母や両親の血を受け継いで、私はここに存在している。そして多くの日本人の仲間に支えられて長年作品を作ってきた。それはこれからも変わる事はない。壮大な物語を壮大に描ける術は持っていないが、故郷というものに確実な懐かしさを感じながら、伝えたい事をしっかりと伝えていきたい」