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2012/09/21

<Korea Watch>サムスン研究 第16回 緊密な産官連携                                                 日韓産業技術協力財団 石田 賢 氏

  • サムスン研究 第16回 緊密な産官連携

◆オーダーメード型人材育成のマイスター高校◆

 李明博大統領は、2007年の選挙公約のひとつとして、「高校多様化300プロジェクト」を発表していた。高校多様化300プロジェクトというのは、全国2000余りの高等学校の一部を、寄宿型公立高等学校150校、自立型私立高等学校100校、マイスター高等学校50校など、特長のある高校に切り替えるものである。大統領就任後の08年に教育科学技術部は、「韓国型マイスターによる育成基本計画」を発表した。

 10年12月、サムスン電子と教育科学技術部は、マイスター高校生をサムスン電子の正規職として採用するための産学協力MOU(了解覚書)を締結した。サムスン電子は、マイスター高校1年生100人を奨学生として選抜し、奨学生は2年間、奨学金500万ウォンの支援を受ける。夏冬の休暇中にはサムスン電子の工場実習(在学中3回)があるだけではなく、学期中も実務的なカリキュラムと企業から派遣された教師による特講などを通して、現場で必要な能力を養う。サムスン電子は、マイスター高校を卒業した新入社員には、昇級優待規定を用意し、入社後もサムスン電子の社内大学(SSIT)等への入学機会を与える。

 特長のあるマイスター高校2校を紹介する。サムスン電子が戦略的に強化している医療機器とニューメディア技術である。江原道原州市に韓国で唯一の医療に特化した原州医療高等学校(学生数160人/11年、120人/12年)がある。同校は、サムスン電子を含む全国68の医療機器メーカーと175人の採用約定業務協約を締結した。この医療高校は、第1期生がまだ2年で卒業生を輩出していないが、すでに100%の就職率である。医療高校では放射線機器・医療機器の設計及び製作、歯科関連医療機器の分野に特化している。原州市は00年から医療機器産業団地を造成して育成してきたことから、延世大医学部や春川の翰林大医学部があり、高校生たちには実習できるインフラが用意されている。また教育過程に英語の授業が大幅に取り入れられている。マイスター高校の英語の授業時間は通常週10時間程度であるが、この医療高校は週20時間と倍である。実務に役立つ英語力を育てるため、語学研修も推奨している。昨年8月、学生たちはフィリピンで3週間の語学研修を行っている。

 美林女子情報科学高等学校(1学年120人)は、マイスター高校中唯一の女子高である。同女子高は、サムスンSDS、CJシステムズ、ロッテ情報通信などと産学協約を結び、企業と実務教育、産学兼任教師、就職協約などを取り交わしている。同高は、IT分野の人材育成を目的としている。サムスン電子は、ニューメディアデザイン課の高校生を推薦してくれるよう学校側に要請し、選抜された10人の女子高生は、夏冬の休暇を利用してサムスン電子で研修を受ける。また教師陣にも大きな特徴があり、デザイン分野で採用された3人の教師は、現代自動車のデザインチームで7年以上の経歴を積んだベテラン、残り2人の教師も上級プログラマーとアンドロイドウェブ開発の専門家である。

 韓国のマイスター校は当初政府主導で進められてきたが、企業も産学官連携に積極的に乗り出し、全体が有機的に機能している。高校生が工場実習(インターンシップ制度)を受けることで、自らの適性と就職先を早期に見つけ出す。マイスター校への評価は、現在まだ少数の卒業生を輩出するに過ぎない段階のため難しい。わが国の高校教育は、少しでも良い大学に入学させる受験に軸足が置かれ、大学生になれば、少しでも上の就職先を目指すのが一般的である(図表)。韓国のオーダーメード型人材育成は、高校生では早すぎるという批判もあろうが、わが国の多くの高校生が、目的も無く大学に進学し、就職の時期になって慌てるのでは遅すぎるのではないだろうか。このことがわが国では人的資源のミスマッチの一因になっているのかも知れない。