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2013/04/12

<Korea Watch>サムスン研究 第42回 サムスンの未来図③                                                 日韓産業技術協力財団 石田 賢 氏

  • サムスン研究 第42回 サムスンの未来図③

◆新たな飛躍へ立ちはだかる3つ難関◆

 サムスンの未来図を描くとき、新たな飛躍を目指すには、さまざまな難関が目前に迫っていることが分かる。立ちはだかる難関は、創造性の醸成、後継者の育成、次世代製品の開発の3つである。

 第一の難関である創造性の醸成は、最近の人事評価があまりにも成果主義に偏重しており、デザインやソフト開発の成果は、人材育成からも中長期的な経営方針がないと評価できない。1年ごとの信賞必罰では、デザイナーやソフト開発者の不満が高まることになる。デザイナーやソフト開発者は、能力があればより条件の良い企業に転職するかベンチャー起業家として独立していく。

 モノづくりで国際的に競争優位に立ったということの真意は、スピード経営によるハードウエアの世界である。サムスン電子が新たな飛躍を目指すには、デザインやソフトウエアにおける超一流化が不可欠であり、そこには創造力と柔軟な企業文化が前提となる。サムスン電子の垂直統合組織は、モノづくりの世界で与えられた課題を解決する能力には優れた経営システムであるが、これはデザインやソフトウエアで世界をリードするようなアイデアに富む企業文化を育てにくい。

 第二の難関は、後継者李在鎔副会長の実績に疑問符が付いていることである。李在鎔副会長が力を注いできた中国での「第二のサムスン建設」は、ここ数年の売上高推移を見る限りでは伸び悩んでいる。加えて李在鎔副会長には、サムスングループの継承権と支配構造の正当性に今後も疑念が浮上するであろう。

 李健熙会長が新規事業のみならず様々な成果を上げてきたのに対し、李在鎔副会長は目立つ成果がほとんど無く、サムスングループでは崔志成副会長や権五鉉副会長を筆頭に専門経営者の存在が際立ち、彼自身の経営手腕は埋没している感がある。副会長から会長に昇進するまでの数年間に、グローバルな感覚と独創性、挑戦精神と責任経営体制にリーダーシップ力を周囲に見せ付け、誰もが認める後継者としての地位を固めなければならない。

 第三の難関は、スマートフォンに代わる次世代製品の開発と新興国とくに中国の追い上げである。2010年5月、サムスングループは、太陽電池、自動車用電池、LED(発光ダイオード)、バイオ製薬、医療機器を20年までの5大有望事業に掲げた。しかし太陽電池事業部は、11年5月にサムスンSDIに移管され、今も業績不振に喘いでいる。大型燃料電池も性能の向上は図られているものの、家庭用の蓄電池としてはある程度普及していくと見込まれるが、自動車用として実用化されるには、技術的な問題が山積している。さらにバイオ製薬、医療機器も欧米での臨床試験などのハードルが高く、サムスングループ全体を牽引していくまでには、長期戦で臨まざるを得ない。

 5大有望分野以外では、新興国における水処理ビジネスなどの親環境産業や海外から医療観光客を増やす戦略(12年の12万人から20年に100万人誘致を骨子としたグローバル ヘルスケア活性化方案)など、中期的に成長が見込まれる領域へ進出していくことになろう。さらには政府の支援を受けて原子力や高速鉄道への期待が高まるのかも知れない。ここにはサムスン電子の中軸となる新事業は見当たらない。

 短中期的な次世代製品が見つからない状態で中国から厳しい追い上げを受けている(図表)。営業利益の7割前後をたたき出しているスマートフォンも、中国製の低価格品が出回り始めており、主導権が奪われる危険に晒されている。中国レノボグループ(聯想集団)は、11年第3四半期の中国市場におけるスマートフォンの占有率が1・7%に過ぎなかったが、12年第3四半期にはアップルを追い越し14・8%まで急上昇している。PCやTVも中国レノボを筆頭に中国勢の追い上げは激しい。

 サムスン電子もリバースエンジニアリングを最大限生かし、中国製に対抗できるような低価格スマートフォンを開発しているが、それ以上に安い製品が相次ぎ、中国脅威論は現実化している。中国における携帯電話の市場主導権は、高価格路線の外国メーカーから低価格の中国製に移行しつつある。

 これら難関を突破していくヒントは、李会長の著書「李健熙エッセイ-ちょっと考えながら世を見よう」(1997年)にある。ここで21世紀の未来経営者として4つの条件を提示した。それは事物と人間の本質を見抜きながら未来変化に対する洞察力と直観で機会を先行して獲得する「知恵」の他、「革新」「情報力」「国際感覚」の4つである。経営者として先見の明があったという他ない。李会長の鋭い洞察力と決断は、周囲の人たちから無謀との声が沸きあがったが、約20年のサムスングループの成果に照らし合わせれば、「内なる変革」により未来を見通した果敢な選択となっていたのである。(おわり)