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2014/11/14

<Korea Watch>張相秀の経営コラム 第6回                                                          張 相秀 亜細亜大学特任教授

  • 張 相秀 亜細亜大学特任教授

    チャン・サンス 1955年韓国生まれ。慶応義塾大学経済学修士、同商学博士。一般財団法人日本総合研究所専門研究員、サムスン経済研究所人事組織室・室長などを経て、現在は亜細亜大学特任教授。

  • 張相秀の経営コラム 第6回

◆サムスン式経営の模索と実現(上)◆

 サムスンの母艦ともいえるサムスン電子は、2000年代に入って、グローバルマネジメントの積極的展開とともに規模の面において巨大化してきた。しかし、1年前から売れ行きの勢いが急速に落ち込み、体力と体重とのアンバランス現象が見え始め、外からはもちろん内からも組織の肥大化が指摘されるようになった。一種の大企業病が再発したのではないかとの懸念の声さえ聞こえている。最近3年間で従業員数は50%、総人件費は57%それぞれ増加したことから理解できないことでもない。(10~13年、19万464人→28万6284人、13・6兆ウォン→21・4兆ウォン)。

 筆者の頭の中には、ちょうど21年前のことが浮かび上がる。「新経営」推進の際、李会長がサムスン電子について語ったことである。「現状は、がん、それもⅢ期である」との厳しい自己認識である。これを発火点として、サムスンはグループレベルでの抜本的な改革が進められた。すなわち、それから20余年間にわたる高度成長の下敷きを整えたのである。

 サムスンでは、図のように、新経営を宣言(1993年)した以降にも数回の経営革新を繰り返してきた。93年の場合は李会長自らの強い危機意識から始まったことで、経営の重心が「量」から「質」へと大旋回した。「3P」、即ち「ピープル、プロダクト、プロセス」の面において質のレベルを大幅に向上させた。これによって、サムスンは98年に生じた国家的な経済危機を、国内の他の大企業(財閥)に比べて、円滑に乗り越えることができ、高度成長の波に乗り出すような結果をもたらした。まさしくリスクをチャンスに反転させた李会長のリーダーシップであり、準備経営ともいえる。特に、98年と99年には3Pの面において更なる構造改革や経営革新を展開した。


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