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2015/06/12

<Korea Watch>韓国経済の現状と課題㊥ ~曺 斗燮・横浜国立大学経営学部教授に聞く

  • 曺 斗燮・横浜国立大学経営学部教授

    チョ・ドゥソプ 1956年生れ。高麗大学校政経学部政治外交学科卒業。高麗大学校経営大学院修了修士。東京大学博士課程修了。東京大学経済学博士。外換銀行入行、名古屋大学経済学部専任講師、同大学院国際開発研究科教授を経て、04年10月から横浜国立大学大学院国際社会科学研究院教授。著書に「三星の技術能力構築戦略」ほか多数。

◆「変化」が新たなイノベーション生む原動力に◆

 ――韓国大企業は財閥中心で2世から3世への移行時期です。3代世襲にはいろいろ懸念される問題がありますが、世代交代期の見通しをどう分析しますか。

 私は財閥がなければ今の韓国の経済は成り立たないと思う。なぜなら韓国経済の牽引役である半導体、液晶や自動車、造船などは大型投資が必要な分野で、オーナー経営のメリットが一番よく発揮できる分野である。持続的なコミットメントとスピードを要する。日本企業の場合、せっかく作り上げた半導体や液晶で、いまやほとんど存在感がないが、その理由の一部はサラリーマン経営にあると私は考えている。数千億円に及ぶ投資金額とトップダウンによるスピーディーな意思決定がなければ、こうした分野では成功できない。もしサラリーマン経営者ならオーナー並みの権力をもった人が必要になる。サムスンもLGも現代もオーナー企業だから、そして財閥構造だったから成功したと思う。

 世襲の話だが、ピーナッツ姫の問題や不祥事を起こしているオーナーの長期収監の問題などがあり、3代目への国民の視線は厳しい。いつもならば恩赦で出てきてもおかしくないが、いまやそういう雰囲気ではない。これらを見た財閥3世たちは襟を立てざる得なくなった。どちらかといえば韓国人は「問題に蓋をする」という国民性ではない。不祥事はマスコミなどを通じて増幅していく。悪い側面もあるが、オーナー経営者の不祥事は今後減っていくと考えられる。その暴走をチェックする装置さえあればオーナー経営、財閥システムは有利な点も多い。特に装置産業の場合は相性が合うのではないか。韓国はまた変化の速度がある国である。こんなに速く変わって大丈夫かと心配になるほどだ。しかし、変化というものが、そういった新たなイノベーションを生むのではと思う。ある韓国の財閥系のシンクタンクの人から聞いた話であるが、韓国企業は日本人に多くのアドバイスを受けたが、その通りにやれば成功しないという。正反対にやれば成功する。国民性や気質の違いが背後にあって薬の効き目が違うのではないか。

 最近日本人の知恵に韓国人があまり興味を示さない点が一つ気になる。確かに世界中から情報を集めているし、一定の成果もあげている。しかし、日本の蓄積や経験から学ぶものも多いと思う。今後の日本の変化を見守る必要があるのではないか。たとえ優雅に沈んでいるとしても、その沈み方は貴重な知識になるはずだ。

 ――韓国の経営と日本の経営で長短はあると思いますが、今後の経営手法としては、どのようなことを発展させていくべきでしょうか。

 サムスンの経営を例としてみると、当初は必死で日本企業の真似をしようとした。キャッチアップにはそれで良かったと思う。しかし、2代目になってからは単なる真似は止めた。何を変えたかというと、私からすると工場の現場は日本式で、オフィスは米国式に変えた。品質管理は日本式をベースに一所懸命やる。

 しかし、オフィスは米国式経営を大幅に取り入れる。例えば、早い昇進システム。まず、40代くらいで重役にして4~5年くらい一仕事してもらって解雇する。ヒトの回転が非常に速くなる。同時に意思決定のテンポも早くなる。そして組織を横断するタスクフォースを頻繁に活用し、ヨコの連携を強める。デジタル時代には技術の壁を打ち破るのが死活問題になる。優秀な人材の外部からのスカウトにものすごく神経を使う。李会長は、社長の第一の仕事は自分より多くの給料を支払える人材のスカウトにあると、口を酸っぱくして言ったという。そういう組織戦略が奏功して今のサムスンになったと思う。2代目の李会長は、日本の経営に深い知識があった。日本的終身雇用や年功序列、人材の内部化に伴う弊害を認識していたと考えられる。中でも、もっぱら新技術・新性能に夢中になり売れないものを作ってしまったエンジニアの暴走を一番心配した。サムスンのデザイン重視や文系社長重視などは、ここから始まっている。

 ――今後もオーナー中心の経営は続くと思いますか?

 韓国企業は今後、社員の高齢化や社会の安定化に伴ってさまざまな面で日本との同質化が進展すると考えられる。しかし、オーナー経営が続く限りスピード経営は続くであろう。日本の武田薬品しかり、米国のフォードもオーナー経営であり、長続きしている。経営が近代化すれば専門経営者による米国式のコーポレートガバナンスになるというが、世界中で歴史のある企業を調べてみると、それに反するケースも多い。意外にオーナー経営による強い企業が多く存在する。オーナーの暴走を食い止める装置さえ備われば、オーナー経営のメリットも大きいと私は考える。オーナー重視経済では創業に強いという側面もある。

 最近私は台湾経済に注目している。中小企業が元気で創業ケースが多いのが大きな特徴である。一つ面白い話を聞いたのは、台湾の国の研究組織である工業技術研究院という所には6000人ほどの研究員がいるが、良いアイデアを持つ人は自分で会社を作ったり他の企業と創業したりするが、もし失敗した場合には元のポストに戻ることができるという。たぶん韓国や日本には存在しない制度だと思う。もし日本や韓国もこのようなオープンな制度を作れば、創業のケースが増えるのではないか。