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2015/10/09

<Korea Watch>曲がり角の韓国経済㊥ ~金明中・ニッセイ基礎研究所准主任研究員に聞く

  • 金明中・ニッセイ基礎研究所准主任研究員

    キム・ミョンジュン 1970年仁川生まれ。韓神大学校日本学科卒。慶應義塾大学大学院経済学研究科前期・後期博士課程修了。独立行政法人労働政策研究・研修機構アシスタント・フェロー、日本経済研究センター研究員を経て現在、ニッセイ基礎研究所准主任研究員。研究・専門分野は社会保障論、労働経済学、韓日社会保障政策比較分析。

◆労使関係改善し経済的損失防げ◆

 ――韓国は来年、定年60歳が法律で義務化されます。賃金ピーク制などの導入で対応しようとしていますが、どのような対処が大切でしょうか。

 日本では〝賃金ピーク制〟という言葉は使っていない。5月に韓国の著名な労働経済学者から日本では賃金ピーク制がどのように実施されているのかを聞かれた。その時、いろいろと調べてみたら、定年延長関連政策が韓国の賃金ピーク制に当たることが分かった。韓国は国が強制的に賃金ピーク制を実施しようとしている。最近の状況を見ると、8月末現在316カ所の公共機関のうち50カ所が優先的に賃金ピーク制を導入し始めた。このように、まずは公共機関から始めて、徐々に民間でも導入を開始するといった流れだ。ここでも、国は強制的に実施するのではなく、労使の意見を反映して実施すべきではないか。実際にも民間の導入率はそれほど高くはない。今後もし、これが本格的に実施されたとしても、企業がどれだけ守れるのかは未知数だ。そのためのペナルティーをはっきりと決めなければならない。結局、賃金ピーク制が導入されれば、企業側は正規職ではなく、非正規職を雇う方向に目を向く可能性が高い。

 ――来年の予算案が決まりましたが、政府は社会福祉関連を122兆ウォンに増やし、全予算の30%を超えています。韓国の社会福祉の現状をどうみますか。

 韓国の国家債務は16年に645兆ウォンになると予想されている。これは対GDP比40%程度で日本に比べるとそれほど高くないといえるだろう。しかし、今後少子高齢化が進むと国の予算も増加し、債務も増えることが予想される。高齢化率は14年現在12・7%だが、60年になると39・8%で日本と全く同じになり、高齢化の速度にどう対処するかが課題だ。また、将来に社会保障の給付額が増えることが予想されており、保険料を上げなければ財源が確保できない状態にある。例えば88年にスタートした年金制度の保険料率は長い間9%で変化がない。

 日本は高齢化率の上昇にあわせ保険料率を継続的に引き上げてきた。厚生年金の場合保険料率16%で、所得代替率50%程度を保障している。しかし韓国は保険料率9%でほぼ同じ所得代替率を保障しようとしている。財政が悪化するのは当然のことだ。健康保険も同じだ。日本は公的医療保険の保険料率が10%程度だが韓国は6%前後に留まっている。今は、高齢化率が日本より低く、高齢者に対する医療費が日本ほどかからないが、急速な少子高齢化は医療保険の財政を急速に悪化させるリスクが高い。

 韓国は社会保障制度の財政安定化のために、保険料率を引き上げる必要があるが、保険料率引き上げに対する国民の拒否感が強く、政治家の場合も選挙での勝利を優先的に考えており、保険料率引き上げよる財源の確保はなかなか難しいのが現状である。

 ――韓国経済には少子高齢化による生産年齢減少や財閥偏重による企業間の格差拡大、生産性向上など様々な課題がありますが、最優先して取り組むべき課題は何だと考えますか。

 格差を完全に無くすことは不可能だが、何らかの形で縮めることは出来ると思う。しかしながら現段階の韓国政府においては格差を縮めることすら大変ではないか。それは財源的に余力がないからである。最近日本の場合は消費税率を5%から8%に引き上げるなど財源を確保するための措置を行っているが、韓国はこのような措置を行っていない。昔からずっと10%を維持している付加価値税の引き上げに対する計画もない。韓国でも、日本のように付加価値税率を引き上げるべきだという議論が出ているが、付加価値税率の引き上げは、統一の時に備えて残しておくべきだという議論が強く、現段階での引き上げは難しい状況である。もちろん、選挙にも影響を与えるのが付加価値税率を引き上げられない一つの理由であるだろう。

 財源不足をどこから埋め合わせばいいのか。私は企業の貢献が必要だと思う。もちろん、これは強制ではない。米国では最近オバマ政権によってオバマケアが導入される等改革が行われているが、過去には公的医療保険もないなど国の役割は小さく、全ては個人や民間が負担しなければならなかった。

 でも、なぜそんな米国社会が成り立っているのか。そこにはNPOの活動や企業や個人の寄付など自発的に助け合う文化があったからではないかと私は思う。そういう部分を少しでも学んで韓国でも寄付文化が活性化されれば格差は減るのではないか。

 ――韓国の労働組合の力は日本より強いといわれますが、労使関係の課題は何であると考えますか。

 まず、労使関係の現状を変える必要がある。韓国の国家競争力は26位だが、労働市場の効率性は86位、労使間の協力性は132位と低い。これによって経済全体が大きく損をしている。なぜ韓国の労組は闘争的なのか。企業側が十分に話を聞いてくれないから結局、闘争的になるという訳だが、これからは互いに譲り合わなければ韓国経済はさらに厳しくなると思う。労働組合が競争力強化に積極的に協力すれば企業はその分だけ利益が出て、それを労働者に適切に配分する仕組みづくりが必要だ。

 そうかといって、日本のような完璧な労使協力の関係にはなって欲しくはない。なぜなら、日本の労働組合はまったく機能しておらず、ほぼ企業の一部となってしまっていると思わざるを得ない。言うべきは言う関係にあるべきだ。以前、日本のある労働組合の通訳をしていた時に韓国の労組と日本の労組はだいぶ違うと実感した。そして、労働組合のトップになることが出世コースと聞き、日本は御用組合化して既に労組の機能を喪失していると思った。