ここから本文です

2009/06/19

<オピニオン>日韓中のMBA(経営学修士)考                                                  同志社大学大学院 林 廣茂 教授

  • 同志社大学大学院 林 廣茂 教授

    はやし・ひろしげ 1940年韓国生まれ。同志社大学法学部卒。インディアナ大学経営大学院MBA(経営学修士)課程修了。法政大学大学院経営学博士課程満了。長年、外資系マーケティング・コンサルティング会社に従事。滋賀大学教授を経て、同志社大学大学院ビジネス研究科教授。日韓マーケティングフォーラム共同代表理事。著書に「日韓企業戦争」など多数。

 政府機関や企業、NPO法人などの職場で優れた能力やリーダーシップを発揮して将来を嘱望されているMBA(経営学修士)取得者。欧米をはじめアジアでもMBAは大変重用されている半面、日本だけが、その例外といわれる。同志社大学大学院の林廣茂教授に「日韓中のMBA考」と題し、各国のMBA評価について比較・分析していただいた。

 MBA(経営学修士)の学位を持ち、政府機関、企業、NPO法人などで働いている若いプロフェッショナルたちは、それぞれの職場で優れた能力やリーダーシップを発揮して将来を嘱望されている。欧米やアジアではごく当たり前のことである。欧米では100年を超えるMBA活躍の歴史があり、アジアでもここ10数年MBAを大変重用している。

 日本だけが、ガラパゴス的に、その例外である。日本のMBAは、ろくに勉強もしていない大卒者と同じ土俵で就職活動を強いられ、時には学歴過剰・自信過剰だと敬遠されもする。大多数のMBAは、数年間の社会人経験の後でその学位を取得しているが、入社すると大卒者と並んで社会人入門と社員導入の教育を受ける。待遇は良くて学部上がりの大学院卒か、悪くすると2年留年した大卒と同等である。MBAを採用する日本企業の幹部から、「MBAが“なんぼ”のものだ。われわれはMBA学位など無くともちゃんと幹部になっている」と、直接間接に聞かされる。

 「特別扱いはしない」公平・平等が日本では「善」とされる。「学歴による特別扱いをしない」のは分かるが、「企業経営に必要な人材の学力と能力に差があることを認めない・選別基準にしない」企業の仕組みは、「逆差別」で公正に反し国内外の競争を勝ち抜くリーダーの養成にマイナスとなる。有為な若者に特別な教育・訓練を施して学力や能力を高め、彼らを政府機関や企業が公正に評価・重用することがグローバル時代の要請だ。日本のビジネススクールは、そのために存在している。

 MBA候補者たちは大卒後、平均6~7年間の仕事経験を経てビジネススクール(経営大学院)に入学する。そして課程2年間で、今後の職務経験の10年分に相当すると言われる理論習得と事例研究を通して実践のシミュレーションの知的訓練を受ける。この教育方式は世界共通だ。1科目で数冊の教科書を繰り返し読み込み、与えられたテーマに沿ったグループ研究の発表やリポート提出で土日がない状態が繰り返される。頭脳をその限界を超えて使い込んだ先に、論理的思考、リーダーシップや説得能力、プレゼンテーションのスキルが磨かれていく。こんな勉強量の科目が2年間で20超も課せられる。MBA学位の取得にはその上に、修士論文に相当する「実践的な事業戦略の提案」を書き上げて論文審査に合格することが必須条件だ。落伍者が多く出る。これだけの知的訓練を受けた後に、入社試験で上述したような「逆差別」を受け、入社してもその会社での「勤続年数、現場体験の蓄積、社内コミュニケーション能力」が重視される日本企業では、ラインの責任者に直ちに任命されることは先ずないと言っていい。

 最近アジアの有力大学のビジネススクールを立て続けに訪問し、MBAの講義を提供しまた学術セミナーで発表をした。訪問したのは順に、中国の復旦大と西安交通大、タイのタマサート大だ。その中で、教授や有力企業の幹部の人たちとじっくりと話す機会があった。また、韓国訪問時には高麗大や成均館大の修了生の話も聞いた。

 やはりと言うしかない。中国、タイ、韓国のMBAは課程修了と同時に、政府機関の企画、企業経営の戦略立案など組織の中枢を担う仕事に引っ張りだこだ。さらに韓国には、アジアに進出している自国企業や多国籍企業の現地CEO(最高経営者)になるための特訓を受けるプログラムもある。どの国のMBAも英語力は申し分ない。彼らは、国内外を問わず、組織経営の問題点の発見→解決策の立案とその実践を一貫して担い、周囲の人たちの能力を引き出し彼らに将来を指し示すことができるリーダーだ。その多くは、能力を「世のため人のために」優先して使い、「自分のために」を最後に置く義務を受け入れた品格の高い人たちだ。そういう彼らこそ、エリートと呼ばれるのに相応しい。

 数千社~数万社の日本企業がアジア諸国に進出し、日本人の経営幹部社員が大挙して送り込まれている。彼らが仕事で接する現地の政府や企業の幹部、そして部下である現地の中堅幹部社員の過半数はMBA保持者である。日本人幹部のMBA保持者はまれである。
現地で、日本人幹部の評判はあまりよろしくない。日本で身につけた実務には長けているが、現地適応の経営能力や現地社会への義務感が不足している。

 現地の歴史や文化に無頓着でそのうえ自国の歴史や文化にさえ無知である。異文化間で不可欠なディジタル・明示的・論理的なコミュニケーション能力や、現地の人たちを、理を尽くし尊敬をもって自分の言葉で説得する胆力が欠けている。もちろん全てではないが、このレベルの日本人幹部が本当に多いのだ。

 日本はかくして、人材力の国際競争で取り残されつつある。アジアの成長を取り込むことが日本経済の活路である今日、その中で共生しつつ企業の国際競争力を高める能力を持ち、国と民族の平和と幸せを担いたいと願うエリート人材を育て、活躍の場を提供する有効な仕組みが必要だ。

 政府機関や企業にお願いする。MBAという国の「宝」に、その能力と志に相応しい仕事の場を与えて欲しい。


バックナンバー

<オピニオン>