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2010/01/15

<オピニオン>近くて遠い京都・ソウル・上海                                                       同志社大学大学院 林 廣茂 教授

  • 同志社大学大学院 林 廣茂 教授

    はやし・ひろしげ 1940年韓国生まれ。同志社大学法学部卒。インディアナ大学経営大学院MBA(経営学修士)課程修了。法政大学大学院経営学博士課程満了。長年、外資系マーケティング・コンサルティング会社に従事。滋賀大学教授を経て、同志社大学大学院ビジネス研究科教授。日韓マーケティングフォーラム共同代表理事。著書に「日韓企業戦争」など多数。

 日本、韓国、中国の3カ国は、近年ますます外国人観光客の誘致に力を入れている。京都・ソウル・上海など6観光都市で行った調査研究では、各都市に対する認知度は高いものの、多くの観光客を集める魅力が欧米都市に比べると低いことが判明した。同志社大学大学院ビジネス研究科の林廣茂教授が「近くて遠い京都・ソウル・上海」と題し、都市ブランド向上と観光客誘致に向けての各国の課題について比較・分析した。

 日本、韓国、中国の3カ国とも、近年それぞれの相手国からの訪問客誘致にますます熱心である。そのお手伝いで過日、中国の古都・西安(唐時代の長安)を擁する陝西省が出資した観光開発会社に招かれて講演した。題目は「東アジアでの京都のイメージ」である。2008年秋に、京都の府・市・商工会議所の依頼で調査研究したデータを使った。アンケートは京都、ソウル、上海など東アジアの代表的な6観光都市で実施した。サンプル数は900名(男女、20~69歳)である。イメージ測定の対象都市は上記3都市に、東京、北京、パリ、ニューヨークなどを加えた9都市である。

 講演では、京都、ソウル、上海を中心に、観光都市としてのイメージや訪問意向を比較しながら、西安が日本からの訪問客を増やすための効果的な都市ブランディングのフレームを提供した。

 中国人(上海と北京)にとって、京都やソウルは未知に近い都市である。京都の認知率は意外なほど低くて23%、ソウルは35%である。韓国(ソウル)での京都の認知率は70%でかなり高く、東京は94%だ。日本(京都と東京)では、93%の人がソウルを知っている。上海や北京の認知率は、日本で90%、韓国で75%である。

 日韓両国では上海と北京は良く知られている。そして、お互いに相手国の主要都市である京都、ソウル、東京を認知している。

 しかし、3カ国の主要都市間での相互訪問はまだまだ低調である。中国人の京都への訪問経験率は10%で、ソウルへは16%である。日本人(京都と東京)の上海への訪問経験率は19%で、ソウルへは30%だ。韓国人の京都への経験率は21%、上海へは19%である。

 訪問を希望する都市のランク付け(1~9位)で、3都市の希望順位が低い。京都ではパリ、東京、ニューヨークが訪問希望の上位3都市で、ソウルと上海は6位と7位だった。ソウルではパリ、ニューヨーク、東京の順で、京都は5位、上海は6位だ。上海の希望順位はパリ、香港、ニューヨークである。京都は7位、ソウルは8位だった。

 京都、ソウル、上海ともに、相手都市から訪問客を増やすうえでの課題が明らかになった。3都市がウィン・ウィン・ウィンの戦略連携をして、「お互いの都市を知ろう、都市の魅力を伝えようキャンペーンを実行する」ことが最も大切だ。3都市への訪問希望順位を高めるための積極的で効果的な観光マーケティングを実践する。しかし、やみくもに広告・宣伝をすればよいわけではない。自分の都市「ならでは」「らしい」魅力をピンポイントで伝達して「行きたい気持ち」になってもらいたい。「各都市の魅力を高めるポイント」を取り出してみよう。

 観光都市の魅力度・行きたくなる度は、5つの基準で数量化できる。「豊かな歴史・文化の質と量」「華やかな現代性やときめき」「アジアの共感性」「自然と調和した景観」「もてなし・食事・買い物」である。この5基準を使って京都、ソウル、上海を診断する。つまり、各都市の「海外旅行に行きたい人たち」の訪問動機の分析データである。

 日本人(調査対象者300人の35%の人たち)をソウルや上海に一段と多く招くにはどうするのがよいか。ソウルと上海への訪問意向度は5点(10点満点)で、パリ(9点)とニューヨーク(8点)よりかなり低い。ソウルの魅力度は意外に低く、「歴史・文化」へのイメージ評価が平均的で、「華やか・ときめき」がマイナス5点、「もてなし・食事・買い物」も平均的である。上海の魅力度もソウルと同様だ。

 ソウルや上海にはこれら3基準の魅力を提供する資源は十分にある。しかし、それが五感に響く魅力に転換されていないから、「魅力がある」と受け入れてもらえない。他の都市にはない「ならでは」「らしい」魅力を中心に、サービス・スケープ(もてなす場所、雰囲気、人、プロセスなど、モノやコトの流れや組み合わせて五感の満足を与えること)のパッケージ化が不十分なのだ。たとえば「歴史・文化」はそこにあるだけでは魅力にならない。訪問客が最初から最後まで、楽しく・感動的な体験知を得てもらう一連の仕掛けが必要だ。とりわけ「もてなし」が大切だ。それも、訪問客のライフスタイルに合わせなければいけない。訪問客は個別対応を求めている。

 京都へ、ソウル(同150人中の55%)や上海(同150人の21%)の人たちを観光に招くにはどんな魅力が必要だろうか。京都の最大の強みである「歴史・文化」だけでは魅力に乏しいのだ。中国人や韓国人にとって、自分達が「歴史・文化の先輩」と言う意識がある。歴史と現代が統合した都市の魅力創りが必要だ。

 京都の「自然と調和した景観」「もてなし・食事」は抜群である。「歴史・文化」も申し分がない。不足しているのは「都市の華やぎ」である。しかし、東京やニューヨークの高層ビルのきらびやかさや夜の繁華街の刺激ではない。京都は「ならでは」「らしく」、ビンテージ・ワインのような「濃い大人の華やぎ」を持ち、それでいて「現代都市のさんざめき」も併せ持つのがよい。訪れる人たちがそれにジックリ・ゆったりと浸り堪能する。

 そして、買い物をしっかりと楽しんでもらう京都を造る。訪問客は、旅行の最後に成田や関空で大きな買い物をするためにお金を残して京都を離れていく。京都がソウルや上海に遅れを取っている最大ポイントである。


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