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2010/03/05

<オピニオン>世界の国際標準化戦略                                                                 サムスンSDI 佐藤 登 常務

  • サムスンSDI 佐藤 登 常務

    さとう・のぼる 1953年秋田県生まれ。78年横浜国立大学大学院修士課程修了後、本田技研工業入社。88年東京大学工学博士。97年名古屋大学非常勤講師兼任。99年から4年連続「世界人名事典」に掲載。本田技術研究所チーフエンジニアを経て04年9月よりサムスンSDI常務就任。05年度東京農工大学客員教授併任。08年度より秋田県学術顧問併任。著者HP:http://members.jcom.home.ne.jp/drsato/(第1回から58回までの記事掲載中)

 韓日間の経済交流が活性化する中、韓国企業で働く日本人技術者やビジネスマンが増えている。本田技術研究所のチーフエンジニアを経て、2004年にサムスンSDI中央研究所の常務に就任、現在は拠点を東京に移し、日本サムスンに逆駐在の形で席を構えた佐藤登さんの異文化体験記をお届けする。

 昨今の世界市場を展望すると、いろいろな分野で新しいビジネスモデルが形成され浸透していくパラダイムシフトが展開されている。従来の延長上ではない変曲点を持つがゆえに、想定以上の効果が現れたりもするが、逆に的外れとなって経営の足を引っ張ることさえある。

 その別れ際になるのが商品企画上重要なマーケティングであり、一方では商品の持つ魅力と競争力を客観的に判断した時の洞察力が決め手になる。

 私自身、これまで韓国と日本の橋渡しとして、小型リチウムイオン電池に関する安全性国際標準化につなげる仕組み作りを図ってきた。2006年から08年にかけてリチウムイオン電池の安全性が疑問視される爆発や工場火災などの事故が日本や韓国で頻発した。幸いにもサムスンでの事故はなかったので、信頼性に関しては顧客からの評価が競合社の中でも高かった。

 この一連の事故を受けて、日本では(社)電池工業会が経済産業省のリードのもとで安全性評価試験の抜本的な見直しを図った。というのも規格化された試験法をクリアしている電池でも事故が発生したために、既存の試験法では不十分という結論に至ったためである。

 これが発端となって新しい試験法の妥当性が認定され、日本では08年11月25日から電気製品安全法という法規に組み込まれ運用されているが、以降、電池の事故が発生したという事実はない。

 (社)電池工業会はこの試験法を国際標準として確立したい意図があり、08年頃より働きかけているが、欧米勢の対抗勢力も強い意見と力を持っている関係で、なかなか苦戦を強いられている。そのような背景から日本からのオファーにより、リチウムイオン電池で躍進している韓国と共同路線をとれないかの打診があり、間に入って韓国電池研究組合との連携がとれるように08年3月から交流がスタートした。それからちょうど2年が経過した。

 この間、先に紹介した新安全性試験法に関しても波長が合うようになってきたり、あるいは他の法規案に関しても相互交流で協力するような方向に進み出したり、(社)電池工業会からも感謝されるまでに発展した。

 国際標準そのものは本来、製品を開発販売している中心的な国が標準化構築にイニシアティブをもって進めて実現することが合理的だが実際にはそうなっていないケースが多く、そこが問題である。技術と製品開発は韓国や日本が、国際標準は欧米などというような構図が多く、韓日の弱みがあるところを強化していく段階に来ている。

 国際標準を取得するとそれに応じた新たなビジネスと経済効果が絶大になるため、欧米勢は虎視眈々と狙うという戦略にある。だからこそ、この分野での韓日の連携が重要になり、競争領域ではない協業領域と定義できる。

 これと類似して、ハイブリッド自動車(HEV)や電気自動車(EV)、それにまつわる周辺領域の国際標準も同様である。HEV、EV、そして電池も実用化の先行したところが国際標準を握る仕組み創りと国家戦略としての働きかけが必要だ。HEVやEVでは日本が、この領域の電池では日本と韓国がリードすべきであるが、対して欧州勢が大きなビジネスチャンスとして国際標準化作りに活発で意欲的な展開を図っている。

 その動きは2月上旬にドイツのマインツで開催された先進自動車国際会議でも明らかになり、政府や所属の研究機関が今までにない強いメッセージを発していたのが印象的である。

 特にドイツやフランスの戦略が積極的で、うかうかしていると韓国も日本も欧州の国際標準に飲み込まれるリスクがある。そうなるとこれまで開発し販売されたHEVやEVでも、規格に合わせることを強いられ新たな開発投資が必要になるなど経営負担にもつながるため、真剣にかつ積極的な展開が必要とされる。

 具体的には欧州連合がEVの開発と普及に向けて、充電インフラの標準化から研究開発支援、利用促進策まで包括的かつ戦略的に検討中である。EVを巡っては、09年11月に米国と中国が充電プラグなどの標準化に関して共同開発を締結した。

 一方、日本政府は電池分野などで日本主導の企画案を検討中で主導権抗争が過熱しそうな気配であるが、欧州の包括戦略は執行機関の欧州委員会が原案作成して合意を目標にしている。さらには次世代送電網のスマートグリッドにおいても類似した展開は容易に予想される。韓日の得意な技術開発と製品開発のみに甘んじるのみではなく、普及拡大のための国際標準化を目標にした積極的な施策が産業界と政府の連携、あるいは国を超えた連携で成就されなければ、技術や製品の価値は薄められてしまう。


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