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2010/06/11

<オピニオン>ハリー金の韓国産業ウォッチ⑤地方選挙と企業経営環境                                       ディスプレイバンク日本事務所 金 桂煥 代表

  • ディスプレイバンク日本事務所 金 桂煥 代表

    キム・ゲファン(英語名ハリー・キム) 1967年ソウル生まれ。94年漢陽大学卒業後、マーケティング系企業に入社。2004年来日し、エレクトロニクス産業のアナリストとして活動。09年からディスプレイバンク日本事務所代表。

 近年、液晶パネルやDRAMなどの半導体、携帯電話などのデジタル家電といった分野で世界シェアを急拡大している韓国。躍進する韓国産業界のトレンドや展望などについて、業界事情に詳しいディスプレイの専門リサーチ会社、ディスプレイバンク日本事務所代表の金桂煥氏に分析していただく。

 韓国民が6月2日の地方選挙で野党を圧勝させ、李明博大統領と執権与党にとっては政策推進に大きな障壁が立ちはだかった。特に4大河川開発事業の強行、世宗市の修正案など李明博政府の核心政策事業に対する有権者の不満が野党選択につながり、これらの政策の修正は不可避となった。しかし、経済政策関連での大きな変化はないだろう。スペイン、ギリシャ、ハンガリーなど欧州地域で金融危機が相次ぎ発生している時点で、金融政策などマクロ経済の主要政策が変わる可能性は低い。依然として雇用創出は深刻な課題であること及び新成長動力を必要とする状況には、変わりがないためだ。このような観点から、現在の韓国経済の方向性に対する政治的変化要素の影響は少ないとみられる。

 今回の選挙には哨戒艦事件という変化要素があったが、韓半島の戦争危機を望まない若年層は保守執権党にむしろ逆風を与えた。分断国家の韓国では、常に政治的または安保的論理が選挙で最も説得力を有していた。

 韓国の経済と代表的企業の成長過程を考えてみると、常に政治的変化要素と深い関連があった。権力との癒着に代表される1970~80年代の韓国企業の成長モデルは、民主化後の90年代に入っても大して変わらなかった。

 一方で97年の通貨危機を経た韓国企業も、クリーンな経営や株主価値の優先など経営革新だけが競争力であるという新たな企業経営観を定着させた。この経営革新の成果はサムスン電子、LG、現代起亜自動車、現代重工業などが史上最高実績をあげ、世界的に注目されるグローバル企業へ成長したことだ。2000年代前半にIT(情報技術)バブルといわれるベンチャー投資ブームが起き、投資家の利益をめざしたクリアな経営に対する要求は一般国民の間でも常識となった。IT投資ブームが下火になると、恩恵よりも技術開発とマーケティング競争力が企業の成長と投資家の利益をもたらすといった学習効果は、ベンチャー企業にとどまらず大企業の経営にも大きな変化を与えた。

 2000年代の変化を要約すると、韓国でも企業が贈賄の恩恵で成長する時代は終わり、経営革新や技術開発など競争力向上を通じて成長する時代になったこと。このような変化を導き出したのは、韓国のIT革命を政策的に支援した金大中大統領と当時の政府(98~2000年)といえる。しかし、韓国現代史の全体的流れをみると、政治的な民主化とクリアな企業経営(または経済の民主化)に対するイシューは同時に求められていた。そのため政治的な民主化によって政経の癒着が断絶した後の企業の成長モデルは、企業自ら革新して競争力を持つことだ。当時の政府はこのような流れを理解のうえで促進させる政策を実行したといえる。

 だが2000年代中盤から「新・自由主義」という世界経済の流れが世界化という枠内で個別国家経済の再配置(特に農業)を試行するなかで、国家間または国家内の経済主体間の葛藤を高めさせた。韓国では、柔軟な労働市場と考える経営者、非正規職の不当待遇を訴える労働者の認識の差が労使間の正面衝突を呼び起こした。民主化の最大の成果といわれる盧武鉉・前大統領は労使問題で無能との批判を受け、支持層の大部分を失った時期もあった。盧政権後半期の代表的政策である「世宗行政都市の建設」は、結果的に次期大統領選挙で勝利した保守派の「全面修正」の標的となった。

 韓国における進歩と保守の政策的差異は、日本の民主党と自民党の政策的差異と同じ水準だろう。企業の立場としては「国家経済を成長させ、国民の暮らしの質を高めていかなめればならない」という目標が同じである以上、どちらの執権であろうとも国家を安定的に率いるリーダーシップをより好むだろう。政府の行政体系や法体系が企業の成長を阻止する可能性は、幾らでもある。行政の刷新は企業環境の重要な要素であり、安定的で強力な政治的リーダーシップとビジョンが必要だ。韓国の企業家が望むベスト・ケースは進歩か保守かでなく、企業と国家の成長関係を正確に理解し、国民から信頼される政策を一貫的に推進できる安定した政治的リーダーシップが具現されることだ。

 執権党の大敗であっても当面の経済政策に変化はなく、中長期的国家ビジョンとして準備した「グリーン革命」の課題は引き続き進められるだろう。再生可能エネルギーを中心とした次世代産業は未だ多くの課題を残しているが、新成長動力として国家的に積極推進する理由は明白だ。中国、ロシア、米国、日本など周辺国家の利害関係を勘案すると、韓半島の緊張状態は突然の戦争勃発に至らないだろう。それよりも世界経済が依然として金融危機の火種をあちこちに抱えていることが、当面の不安である。一方で中国やインドなど新興市場は急成長を続けており、我々に大きな市場をもたらすだろう。するべき事も多く、道のりも長い。韓国の政治的リーダーシップが一日も早く安定し、韓国企業の前進のために頼もしい後援の役割を果たすことを望みたい。


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