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2011/03/04

<オピニオン>人材ネットワークという財産                                                                 サムスンSDI 佐藤 登 常務

  • サムスンSDI 佐藤 登 常務

    さとう・のぼる 1953年秋田県生まれ。78年横浜国立大学大学院修士課程修了後、本田技研工業入社。88年東京大学工学博士。97年名古屋大学非常勤講師兼任。99年から4年連続「世界人名事典」に掲載。本田技術研究所チーフエンジニアを経て04年9月よりサムスンSDI常務就任。05年度東京農工大学客員教授併任。08年度より秋田県学術顧問併任。著者HP:http://members.jcom.home.ne.jp/drsato/(第1回から69回までの記事掲載中)

◆積極的外交が人的交流強める◆

 社会人になって会社における技術開発を手掛けるようになり、以降、多くのことを体得した。企業内研究開発なので実用化や会社への貢献を目標に日々進めてきたのは事実であるが、問題解決や実用化の目処が見えてきた段階で特許はもちろん、研究論文や国際会議での発表なども積極的に行ってきた。

 ホンダでの業務を通じての発信は質の議論はともかく、数の上では社内で右に出る者はいないほど実行してきた。

 鉄鋼材料関連の国際会議に招かれて講演した時に、米国の研究者が「自動車メーカーの立場で何故そこまで突っ込んだ研究をしているのか」と尋ねた。私の回答は、「起こっている現象のメカニズムを明らかにすることで本質を見極めたいから」と。1988年のことである。

 その後のスタンスも同様で、何かの折には発信をし、そこから様々なネットワーク構築にエネルギーを投じている。現在に至っては、研究論文から解説、特許、講演、新聞記事原稿など合わせると540件を数えるようになったが、この活動を通じて得られたものは人材ネットワークという人脈である。

 さて韓国企業のサムスンに入社して感じたことは、このような情報発信が縁となってサムスンへ移籍したことでもあり、逆にこのような活動をしていなければ世界は広がらなかったということを痛感したことである。

 韓国社会は自己主張がはっきりしている文化なので、このような外部発信に対する理解と共感は日本企業に比べるとかなり強いと思われる。だからこそ、このような活動を自らも積極的にしようという風潮もある。

 特許出願も差別化の一種でもあり、最近の出願には注目すべきところが多い。現に米国での出願登録数に関して言えば、1位がIBM、2位がキャノン、3位がサムスン電子となっていることがその裏付けでもある。

 今後の動きをグローバルに分析すると、ますますビジネスモデルと人材の流動化が進行すると考えられる。そうなればなるほど個々人のアイデンティティーが重要になり、個人に対する価値観や違い、存在感が重要視されるのではないだろうか。現在の先進国の中で見る限り、個人の違いや存在感を言及する文化は日本にはあまりないが、これは日本が特異なことであり、外国から見ると結構奇異なことかも知れない。

 今のご時世は、M&Aや合弁事業はもちろん、新日鉄と住友金属のような大型企業の合併も実現したし、今後は国内だけではなく海外企業との同様な展開も出てくるだろう。その時には会社という実態よりも個人という存在感と価値にウエートが置かれることが想定される。とすれば個人の自己研鑽は今以上に必要となることを意味している。

 このような活動から人的交流を図れば、そこから新たな人的ネットワークが形成されることになる。そしてそこから新たなビジネスが築かれることも、しばしば見てきたし経験してきた。それは単に外部発信では終わらない次につながることを想定した立場で考えるかどうかにもかかっている。

 日本の大きな学会で産業界の重鎮が会長をされていた時に、その学会の懇親会の席上で挨拶を兼ねてお会いした。すると話が弾み有意義な名刺交換ができ、そこから以降は話が進展した。必要に応じた協議も行えるような関係が構築され、今では緊密なビジネス交流が図れている。

 積極的な外交が人的交流を強め、そこからまた新たな展開が始まり、そして人材ネットワークが拡大していくという仕組み創りが大きな効果をもたらす。そのためにも、交流の機会を形成する外部発信の形態はひとつの手法とも思える。


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