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2011/05/27

<オピニオン>韓国経済講座 第129回                                                        アジア経済文化研究所 笠井 信幸 理事

  • アジア経済文化研究所 笠井 信幸 理事

    かさい・のぶゆき 1948年、神奈川県生まれ。国際開発センター研究員、ソウル大学経済研究所客員教授、秀明大学大学院教授を経てアジア経済文化研究所理事・首席研究員。

  • 韓国経済講座 第129回

◆新しい農業の姿を模索◆

 韓国農村が変わるかも知れない。長い間韓国の農村は、都市化・工業化による労働力の供給源、耐久財・消費財の消費市場として経済発展を支えてきた。農村人口の減少は、同時に機械化を促し農業生産性を高めてきた。一方で農村近代化への取り組みも進展してきた(表参照)。表から見られるように農村開発への取り組みは、2000年以前は農村開発・農業発展のために農業地域に焦点を絞った施策が展開されてきた。

 しかしながら、00年以降は農村と都市を連携させた施策が新たに実施され、農工間連携発展が政策の中心軸になってきている。こうした背景には、農業所得向上、生活環境改善とともに従来からの農家数減少を食い止める必要があった。1960年代には250万戸あった農家は、その後急速に減少し、90年には177万戸に減り10年には117万戸まで減少している。韓国はもともと専業農家が多いため農家減少は深刻である。また農業者の高齢化が農村内労働力を低下させていることも看過できない。さらに、90年代にはWTO加盟、OECD加入などグローバル化の中で農業も自由競争にさらされ、農業の保護が崩れ始めた。特に深刻さを増したのが、04年のチリとのFTA締結を契機とする関税撤廃、WTOのコメ輸入自由化、そしてTPPへの参加など、近年の急速な市場開放の進展が、韓国農業者を苦しめている。

 しかし、農村は新たな姿を目指している。先にも触れたように、00年以降都市と農村が連携する事業に注力することによって、FTAなどで利益を高める工業部門から逆に被害を被る農業部門へ利益再配分を図る目論みである。01年のグリーンツアーレジュームや02年の緑色農村体験村事業、農村伝統テーマ村事業は農業環境対策や都市からの農村訪問を促進しようと言うものである。

 注目は03年12月から手掛けている「一社一村(農村愛)運動」である。この運動は、都市部の1つの企業が1つの村と姉妹提携を行い、様々な形で支援する国民的運動である。この運動を主導したのは、文化日報社と農協中央会、そして全国経済人連合会であり、社団法人「農村愛国民運動本部」が推進母体であるという。すでにサムスン、現代の系列会社、電力公社、学校、政府機関の一部部署や宗教団体、そして軍までもが参加していると言われている。支援の内容は、農作業の手伝い、農産物の直接取引、金銭・物品等の寄付、キムチ作り等の農村生活体験や観光地域の掘り起こし、農家民宿への宿泊、生活環境整備などの奉仕活動に多くの企業や団体が参加している。

 例えば、サムスン経済研究所は28世帯、村民70人、約半数が60歳以上の小さな集落である利川市富來美村との提携で、IT、マーケティング講師として社員を派遣したり、農村体験を家族で参加、有機農産物購入等の支援を行う代わりに富來美村は農村の自然環境を提供、有機農産物の安価提供等のサービスを行っている。また、対事業所サービス業の熊津ホールディング社はソウルから2時間の人口480人のインソリ村との締結で、社員が繁忙期に出かけ特産品のブドウや松の実等の収穫をしたり、社員や家族が農村体験宿泊するという。また農閑期には、逆にインソリ村民を会社や社員の自宅に招待し、親交を深めているという。こうした取り組みは、都会民と農民の心理的距離を縮めるだけでなく、都市生活の見直しを促す一方、農村社会の伝統的因習の現代化に寄与し農村の新しい姿を生み出し、そのことがいずれ農工間格差是正につながるかも知れない。


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