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2012/06/22

<オピニオン>転換期の韓国経済 第29回                                                       日本総合研究所 向山 英彦 上席主任研究員

  • 日本総合研究所 向山 英彦 上席主任研究員

    むこうやま・ひでひこ 1957年、東京生まれ。中央大学法学研究科博士後期課程中退、ニューヨーク大学修士。証券系経済研究所などを経て、2001年より(株)日本総合研究所勤務、現在調査部上席主任研究員。中央大学経済学部兼任講師。主な著書に「東アジア経済統合への途」など。

  • 転換期の韓国経済 第29回

◆外高内低の「韓国型成長モデル」◆

 2000年代以降になって形成された韓国の成長パターンを「韓国型成長モデル」とすれば、それは、1.企業によるグローバル事業(輸出ならびに現地生産)の拡大、2.政府の積極的な経済外交(FTA締結、トップ外交など)、3.輸出が牽引する経済成長などに特徴づけられている。

 このモデルに対する評価は日本と韓国とでは対照的である。むしろ、韓国経済に対する日本の見方は近年やや一面的になった。その代表例が「グローバル化で先行する韓国」という捉え方である。この背後には、日本もいち早く韓国に追いつかなければならないという主張が見え隠れしている。

 実際、日本企業は韓国の後を追うかのように、最近になり新興市場の開拓とグローバル人材の育成に力を入れ出した。それとともに、経済界は環太平洋経済連携協定(TPP)交渉への参加を機会あるごとに政府に要望した。TPPへの参加をめぐって国論が大きく分かれるなかで、日本経済の再生にはTPPへ参加するしかないという論調も表れた。

 他方、韓国国内では近年「韓国型成長モデル」の内実が厳しく問われてきた。

 この背景には、若年層の就職難や劣化した雇用の質、所得格差がこの10年間さほど改善されない一方、貧困が増加したことがある。可処分所得ベースの相対的貧困率(所得分布における中央値の50%に満たない国民が全体に占める割合)は、00年の9・2%から11年に12・4%へ上昇した(図参照)。

 さらに、李明博政権の下で進められた規制緩和により財閥企業の事業領域が拡大し、財閥への経済力集中と中小企業の経営圧迫などが生じた。とくにクローズアップされたのがベーカリー事業である。これらが創業者の三世によって担われていたことも、国民の財閥企業に向ける眼を厳しいものとした。

 国民からの批判を受けて、李明博政権は従来の「大企業寄り」ともいわれた政策の見直しに乗り出している。10年11月に「流通産業発展法」を改正し、在来市場から500㍍以内への大型店の出店を禁止したほか、同年末に「協力成長委員会」を発足させ、大企業と中小企業が利益を共有する仕組み作りを開始した。11年秋には、翌年実施予定であった追加減税を撤回した。

 このように、日本と韓国との間で評価が大きく異なるのは、韓国経済の構造的特徴に由来する。その特徴は、①ピラミッドの頂点に財閥企業が君臨する、②底辺には多くの零細企業が存在している、③その中間に中小企業が存在しているが、日本と比較すると技術水準が低く層が薄い、④財閥企業と中小企業との取引が少ないなどである。日本では①の動きが目に入りやすいのである。

 韓国の中小企業にすれば、財閥企業は事業の拡大やその優越的地位を利用した取引価格引き下げなどにより、存続を脅かしかねない存在となっている。政府が大企業と中小企業の共生、財閥の自制を唱える所以である。

 大企業に対する規制強化は地方レベルでは、大型量販店の営業時間規制として表れている。ソウル特別市では4月より、①毎月第2、第4日曜日を強制休業日とすること、②深夜(午前0時から午前8時まで)の営業を禁止することが決定された。

 この結果、在来商店街のないニュータウンでは買い物のために遠出を余儀なくされているほか、ソウル市では商店街の売上が期待したほど増加していないなど、政策の実効性について疑問が出されている。

 大企業に対する規制強化は一部で必要であろうが、より力を入れるべきことは「魅力のある」中小企業、つまり高い技術力と輸出競争力を有する中小企業の育成である。大企業に続く企業の層が厚くなれば、①若年層の就職難の緩和、②優秀な人材の流入による中小企業の技術力強化、③財閥企業への経済力集中の防止、④財閥企業に過度に依存した成長からの脱却などが期待される。若年層の就職難緩和は未婚率の上昇や少子化の歯止めにもつながるであろう。


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