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2012/11/16

<オピニオン>転換期の韓国経済 第34回                                                       日本総合研究所 向山 英彦 上席主任研究員

  • 日本総合研究所 向山 英彦 上席主任研究員

    むこうやま・ひでひこ 1957年、東京生まれ。中央大学法学研究科博士後期課程中退、ニューヨーク大学修士。証券系経済研究所などを経て、2001年より(株)日本総合研究所勤務、現在調査部上席主任研究員。中央大学経済学部兼任講師。主な著書に「東アジア経済統合への途」など。

  • 転換期の韓国経済 第34回 

◆大統領選の争点となる福祉の充実◆

 今年7―9月期の韓国の実質GDP成長率は前期比0・2%、前年同期比1・6%へ低下した。2011年以降の景気の減速は、輸出と設備投資の失速に加え、消費が伸び悩んだことによる。消費の減速には不動産市況の悪化と家計の債務問題などが影響している。

 景気の減速を受けて、1.金融緩和(7月、10月に利下げ)、2.不動産融資規制の一部緩和(負債所得比率の条件つき緩和)、3.減税などが実施されている。減税策の柱は、不動産取引税と自動車・大型家電に対する特別消費税率引き下げである。

 金利の低下によって利払い負担が軽減し、不動産取引の活性化を通じて住宅価格が上昇すれば、家計のバランスシートの改善が期待される。しかし、様々な対策が実施されているにもかかわらず、ソウル特別市のアパート価格が10月に前年同月比▲4・1%と、近年では最大の下落率を記録した。市況の回復にはまだ時間がかかるそうである。

 景気の悪化以上に現在論議の的になっているのが、財閥グループのグローバル展開に依存した経済成長のあり方である。この背景には若年層の就職難や貧困の増加、格差の拡大などがある。一流大学を卒業しても、大企業に正規職として就職出来るのはほんの一握りでしかなく、就職予備校や公務員試験予備校で引き続き勉強する者が少なくない。

 無業者も相当数に達している。9月現在の20代の非経済活動人口比率は38・4%と、前年同月比0・7ポイント上昇した。

 若年層の就職難には大学進学率の上昇や大企業就職願望も影響しているが、正規職で知識や技術を生かせる「質の高い」雇用が十分にないことによる。

 さらに、少子高齢化が急速に進むなかで、高齢者(退職者)の貧困問題が深刻になっている(下図)。高齢者の貧困率が高い要因として、①早い退職年齢、②低い年金給付額、③公的扶助の未利用などが指摘できる。

 韓国では40代で大企業を退職するのは珍しくない(事実上の解雇である「名誉退職」を含む)。

 退職後、自営業を営む人が多いが、成功する確率は低い。住宅ローンに加えて、自営業者による事業資金や低所得層を中心にした生活費補填目的の借入増加が、家計債務額を膨らませたのである。

 年金制度は60年公務員年金、63年軍人年金、75年私立学校教職員年金と、特定の職域年金制度が整備されたが、18歳以上60歳未満の国民を対象にした国民年金制度は88年になって導入された。当初は従業員10人以上の事業所を対象としていたが、92年に従業員5人以上の事業所、95年に農漁民と農漁村地域の自営業者、99年に、都市地域の自営業者、零細事業者、臨時職・日雇い勤労者と、その対象が段階的に広げられた。

 その後の経済社会環境の変化を受けて保険料率と給付率の見直しが数回行われ、現在は40%である。

 今年12月19日に大統領選挙が実施される。有力候補者は従来の財閥主導の成長が国民の生活向上に十分に寄与しなかった点を踏まえて、福祉の充実、定年の延長、「経済民主化」(財閥規制、大企業と中小企業の共生など)などをアピールしている。

 前述した現状を踏まえると、「質の高い」雇用創出と福祉の充実は喫緊の課題といえる。経済成長がビジネスチャンスを作り出すと同時に、福祉を支える財源を生み出すことを考えれば、「雇用を伴う成長」を実現させていくことが重要である。

 そのためには、技術力のある中小企業の振興や雇用創出効果の高いサービス産業の育成とともに、女性の労働市場参加を容易にするワークライフバランスの実現を図る必要がある。若年層の就職難緩和は未婚率の上昇や少子化の歯止めにつながることが期待される。

 財閥企業のグローバル展開に支えられて韓国経済が成長してきたのは事実であるが、「経済発展の質」という点でみると、多くの問題が残されている。13年は持続的成長に向けて新たな成長モデルを築けるかが問われよう。


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