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2012/12/07

<オピニオン>転換期の韓国経済 第35回                                                       日本総合研究所 向山 英彦 上席主任研究員

  • 日本総合研究所 向山 英彦 上席主任研究員

    むこうやま・ひでひこ 1957年、東京生まれ。中央大学法学研究科博士後期課程中退、ニューヨーク大学修士。証券系経済研究所などを経て、2001年より(株)日本総合研究所勤務、現在調査部上席主任研究員。中央大学経済学部兼任講師。主な著書に「東アジア経済統合への途」など。

  • 転換期の韓国経済 第35回

◆大統領選で何が問われるのか◆

 12月19日に実施される大統領選挙は、与党セヌリ党の朴槿惠候補と野党民主統合党の文在寅候補の事実上の一騎打ちとなった。韓国は現在、1.景気対策、2.財閥中心の経済構造の改革、3.少子高齢化対策という短期、中期、長期の経済課題に直面しており、今回の選挙ではその取り組みが問われる。

 第1は、景気対策である。輸出の減速に加えて、消費が低迷している。これまで金融緩和、不動産融資規制の一部緩和、減税(柱は不動産取引税と自動車・大型家電に対する特別消費税率の引き下げ)などが実施されている。金利の低下に伴い利払い負担が軽減し、不動産取引の活性化によって住宅価格が上昇に転じれば、家計のバランスシートが改善していくが、楽観できない。膨れ上がった債務をどうするかが今後のポイントとなる。

 家計債務問題に関して文候補が打ち出した政策は、利子制限法の改定により現在年利30%となっている上限金利を25%に引き下げる、同規定に違反した契約は無効とするというものである。

 他方、朴候補は「国民幸福基金」を創設して、高金利負担の軽減、債務不履行者の信用回復支援、プリワークアウト制度の拡大、大学生の学資ローン負担の軽減などを推進すると発表した。一例として、金融機関などが保有している延滞債権を「国民幸福基金」が買い入れて、申請者が長期返済(1人当たり1000万ウォン限度内で、金利が20%以上のローンを10%台の低金利の銀行ローンに転換)できるように債務を調整する。

 第2は、財閥中心の経済構造の改革である。国民の生活が厳しい一方、規制緩和に伴い財閥グループへの経済力集中が進んだほか、財閥グループの事業拡張によって中小企業の経営が圧迫されたため、国民の財閥グループに対する眼が厳しくなっている。

 文候補は李明博政権の下で廃止された総額出資制限制度の復活とともに、循環出資の3年以内の解消を政策として打ち出している。出資構造にメスを入れて財閥中心の経済構造を改革する狙いである。これに対して、朴候補は財閥企業が社会的責任(自主的な改革)を果たすことを求めている。朴候補は4月の総選挙の際には総額出資制限制度を復活する意向を示していたが、その後取りやめた。循環出資については「新規を禁止する」方針である。

 トーンダウンした背景には、「行き過ぎた」経済民主化論が経済界から警戒されたことがあると考えられる。ただし、大企業と中小企業の共生に向けて、商店街や零細企業の保護、大企業と中小企業間の取引公正化、公正取引委員会の独立性強化を進めて「経済民主化」を実現していくとアピールしている。

 第3は、少子高齢化社会対策である。韓国では少子化の加速により、生産年齢人口(15~64歳)が2017年に減少に転じると予想されている(下図)。近年、高齢者の貧困問題が深刻になっていることは前回指摘した。年金・福祉制度の充実が求められるが、その財源を確保するためには持続的な成長が欠かせない。そのためには所得・雇用環境を改善して出生率の引き上げが必要となる。

 両候補者とも福祉の充実を唱える一方、雇用創出に関して、朴候補は知識創造型産業やサービス産業の育成、グリーンエネルギー産業への支援、文候補は5年間に公共サービス部門で40万人の雇用創出、4000社の有望中小企業に対する支援などを打ち出している。これらの多くは現政権が進めているもので、特別に目新しいものではない。

 選挙前の公約であるため、財源の裏づけや具体策に乏しいのは否めないが、この点を別にしても、次の点が懸念される。文候補が表明している通りに財閥改革が着手されれば、短期的には投資マインドが委縮して、景気にマイナスの影響を与える恐れがある。景気の低迷は中長期の改革を遅らせる。他方、朴候補に関しては、財閥中心の経済構造の改革を財閥側の自主的な改革に頼る形となっており、その点で不安が残る。韓国の国民がどのような審判を下すのか注意深くみていきたい。


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