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2012/04/13

<オピニオン>ハリー金の韓国産業ウォッチ 第26回 韓国部品素材産業の育成を考える                                                  ディスプレイバンク日本事務所 金 桂煥 代表

  • ディスプレイバンク日本事務所 金 桂煥 代表

    キム・ゲファン(英語名ハリー・キム) 1967年ソウル生まれ。94年漢陽大学卒業後、マーケティング系企業に入社。2004年来日し、エレクトロニクス産業のアナリストとして活動。09年からディスプレイバンク日本事務所代表。

◆ターゲット絞り戦略的に攻略を◆

 日本の産業のグローバル分散化が加速している。東日本大震災による経済力の減退や続く円高は、日本の産業を変化させている。そもそも、少子高齢化や長期デフレ、内需低迷、財政悪化など、日本経済の体力は弱まっていただけに、その衝撃は大きく、回復も遅くなるのは当然であった。実際に日本は2011年に約2・5兆円の貿易赤字になり、30年間続いてきた貿易黒字の記録も止まった。特に、世界市場の低迷という状況に陥っていた電子企業は、業界再編や事業見直しなど、厳しい見直しを余儀なくされている。しかし、見えないところで、震災や円高という危機こそ機会であるとの認識も広がり、日本の産業はその構造変換を静かに進めてきた。その代表的な動きとして、部品供給システムの見直しや円高の長所を生かした海外投資の拡大が挙げられる。この動きは特に韓国の部品素材産業において非常に大きな影響を与えている。韓国と日本の産業関係をも変える日本企業の大変身を考えてみたい。

 日本製造業の部品調達網(以下サプライチェーン)は、主要の部品素材を特定メーカーから集中調達する構造であった。こうして、必要な部品素材を適時に調達しながらもコスト削減ができた。しかし、今回の大震災で、その特定メーカーが稼働できなくなり、他の調達先を探しても急には部品調達が出来ず、完成品メーカーも生産中止となった。予測できない自然災害でサプライチェーンが切断されるのは仕方ないとしても、予防は出来たはずという反省から、サプライチェーンの複線化や生産拠点の分散化が進んでいる。

 複線化は2つ以上のメーカーから部品素材を調達する、もしくは1次ベンダーにもそういう体制を強制させることである。分散化は特定地域での生産が中断されても、他の地域で代替生産ができるような体制である。このような、災害に強いサプライチェーンを備えるためには、コスト上昇という問題があるが、それよりも事業の継続性が必要となる。こうした変化によって、韓国の部品素材産業は、すでに日本向けの自動車部品などの輸出を増やしている。

 一方、地震そのものに対する懸念や電力不足の状況から生産拠点の移転を検討する場合もあるが、こうした消極的な姿勢ではなく、現状をすべて受け止め、総合的な対策として、生産拠点の海外移転を推進するメーカーも少なくない。需要が増えているアジア地域での効率的な事業展開のために、現地生産体制は増えていた。しかし、08年のリーマンショック以来、日本企業の海外直接投資は減る傾向をみせていた。特に部品素材関連メーカーでは技術流出を恐れる否定的な見方も強く、09年には前年比で47%海外直接投資が減った。変化が現れたのは震災直後の11年4月からで、11年は前年比で85%の投資額が増えた。つまり、震災を機に海外投資が増えたわけだが、ここにはもう一つの思惑がある。円高を肯定的に利用しようという考え方である。輸出企業は現地市場に生産拠点を構える方法として、直接現地法人を作るか、現地の有力企業を買収、もしくは合弁会社にするなどしている。円が高いなら、海外企業を安く買え、海外投資の負担も少なくなると、円高の利点を積極的に活用している企業も多い。

 この歴史的な円高の状況では、価格競争力を失い、世界市場で日本メーカーは競争相手の激しい追い上げにあっている。しかし、円高で日本メーカーの海外企業買収(M&A)が急増していることから、日本の製造業の新たなグローバル事業体制は整ったと考えられる。特に、経済成長が期待されるアジア・太平洋地域に日本資本の企業買収が集中しているが、数年後には日本の製造輸出産業を強力に支えるようになるだろう。

 韓国の主力輸出産業は日本の部品素材産業に頼っているとの問題は、ここ数年間変わりつつあって、韓国の部品が日本に供給される事例は数多くなっている。韓国は国を挙げ、部品素材産業を育成しようと、人材の育成や部品素材企業の起業を支援している。各企業では研究開発部門への投資は年々増え、大手企業は素材専門のベンチャー企業の買収にも力を入れている。もちろん韓国内だけでなく、世界にその扉を開いて人材を受け入れようとしている。韓国政府や自治体は部品素材企業専用の支援プログラムを実施し、海外の優秀企業を誘致しており、かなりの成果を上げているという。しかし、日本の部品素材産業は長い歴史を持ち、さまざまな分野でその技術を培ってきた。今も、日本の部品素材産業の世界での存在感は強く、市場を支配しているのは日本である。それに追い付くために、ただ頑張るというだけでは、早々の結果などあり得ない。

 ここで私が提案したいのは、日本の部品素材産業の歴史や現状をきめ細かく分析し、そこからターゲット企業を選び、さらに何をどういう方法で学べるかなどの戦略的なマニュアルを作ってほしい。それを基に、日本の産業界の今の動きから、韓国の部品素材産業育成へのヒントはないのかを考えてもらいたい。日本の部品素材産業は、日本企業のサプライチェーンの再構築や生産拠点の海外移転で、国内需要が減少し、海外の顧客の割合が増えている。海外の顧客に加え、海外に移転した、かつて日本にあった工場への対応も、より現地的な体制を求められているのである。現在の状況なら、海外移転を躊躇させた投資の負担や技術流出についての保守的な見方など問題でもない。部品素材産業の育成は長く複雑な道であるが、地図さえあれば辿り着けるのではないか。


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