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2012/09/14

<オピニオン>ハリー金の韓国産業ウォッチ 第31回 サムスン電子であれば革新すべし                                                  IHS DISPLAYBANK日本事務所 金 桂煥 代表

  • IHS DISPLAYBANK日本事務所 金 桂煥 代表

    キム・ゲファン(英語名ハリー・キム) 1967年ソウル生まれ。94年漢陽大学卒業後、マーケティング系企業に入社。2004年来日し、エレクトロニクス産業のアナリストとして活動。09年からIHS DISPLAYBANK日本事務所代表。

◆部品と完成品の両面で存在感示せ◆

 サムスン電子、米・アップルが全世界で特許紛争を繰り広げている。激烈に闘わなければ、ブルーオーシャンであるスマートフォンおよびタブレット市場で後退することになる。だが、勝負は必ずしも裁判や多額の金を受け取ることで決まるのではない。特定地域の裁判で勝っても、全ての地域で勝つという保障はない。アップルは米国の裁判で勝利したが、日本では敗訴した。サムスンとアップル間には、世界10カ国で50余件の特許侵害の案件がある。両社ともに特許紛争のメリットはないと指摘されているにもかかわらず、なぜアップルはサムスン電子に対して執拗に攻勢をかけるのだろうか。

 世界のIT(情報技術)産業を主導しているのは、アップルとグーグルだ。両社は強力なビジネス・プラットホームと様々なアプリケーション体系を構築し、ウェブ・モバイル時代を主導するようになった。本来、両社の関係は良好だった。アイフォーンには、グーグルのYou Tubeが自動で入っていたほどだ。しかし、両社はプラットホーム事業者として競争せざるを得なくなった。グーグルのアンドロイドフォン、アップルのアイフォーンが対立したのである。もはやアイフォーンにYou Tubeを設置するには、アップルのApp Storeが必要になった。すると、グーグルは通信関連の特許を最も多く持っていったモトローラのモバイル事業部を買収。アップルの特許訴訟は窮極的にグーグルに向けられている。

 グーグルがモトローラを通じて作った防御壁は強力であり、アップルも十分承知しているだろう。アップルはアンドロイドフォンの成長を妨げながら、アイフォーンを多く売らなければならない。世界1位のスマートフォン生産メーカーであるサムスン電子を攻める理由の一つが、ここにある。サムスンのギャラクシーシリーズは、アンドロイドフォンを主力とするためだ。しかし、アップルの勝訴に終わった米・カリフォルニア北部地方裁判所での訴訟では、OS(運営体制)でなくデザインに対するアップルの権利が案件だった。陪審員団の判断は、サムスンがアップルのデザインをコピーしたとし、これまで稼いだ金の一部をアップルに還元すべきというものだった。

 アイフォーン、ギャラクシーの比較写真を思い浮かべてみよう。また、日本で販売されている他社のスマートフォンについても考えてみよう。RIM(カナダ)製のブラックベリーを除くと、外観はほとんど似ている。四隅が丸みを帯びたデザインが固有であるというのは信じ難いが、米国の陪審員はアップルに軍配を上げた。サムスンは、コピーキャットというマイナスイメージを被る恐れがある。アップルも、イノベーション企業でなく特許の怪物という非難にさらされるだろう。

 判決の後、アップルに対する米国内の世論は非常に否定的に動いている。半面、ギャラクシーS3の販売台数は急増したとの話も聞かれる。アップルが短期的利益と特許に執着する余りイノベーションを疎かにすれば、アップルのイメージも大きな打撃を受けるだろう。消費者は、それを警告しているのかも知れない。アイパッド3の代わりに発売された新アイパッドは、アップルの期待ほど売れただろうか?サムスンからすれば、遥かに多い収穫があった。ここ2年間に世界で繰り広げた訴訟を通じて、サムスンのギャラクシーはアップルのアイフォーンに対抗できる唯一のブランドというイメージを強烈にアピールした。広告やプロモーションの費用に換算すれば、莫大な金額になるだろう。

 今年6月に発売されたギャラクシーS3は短期間で2000万台の販売機録を更新するなど、サムスン電子に莫大な収益をもたらしている。デザインで相当な修正を経たギャラクシーS3に対する米国内の販売禁止要請は、アップルも不可能だった。その点について考えてみよう。ギャラクシーシリーズの新製品投入期間は、アイフォーンより非常に短くなっている。初めはコピーと言われるかも知れない。しかし、特許訴訟を経験しながら、紛争を回避するべくデザインで創意力を発揮。全く違うデザインの製品を速かに発売および自ら革新していくサムスンに対し、コピーキャットだと非難できるだろうか。イノベーション企業は、革新し続ける会社をさすはずだ。

 アップルはアイフォーン5のメモリー部品をサムスン電子でなく別の会社から調達したという。サムスン電子に対する部品依存度を減らすためだ。アイフォーン5が大成功となれば、サムスン電子はギャラクシーシリーズの販売萎縮、メモリーの売上減少というダブルパンチを受けるかも知れない。部品の供給については、とりわけディスプレーが円滑でないという。大成功となるには、少し力不足の印象だ。

 サムスン電子に関連する最近のニュースをみると、10ナノ級NANDフラッシュの量産を目前にしているという。10ナノ級のNANDは、従来の20ナノ製品よりも50%程度の生産性向上を期待できる。スマートフォンの製造原価を大幅に下げられるという訳だ。スマートフォン、タブレット市場は、急成長を続けている。その完成品と部品分野で、韓国電子産業の存在感がさらに増すことを願う。


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