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2012/02/24

<オピニオン>韓国経済講座 第137回                                                        アジア経済文化研究所 笠井 信幸 理事

  • アジア経済文化研究所 笠井 信幸 理事

    かさい・のぶゆき 1948年、神奈川県生まれ。国際開発センター研究員、ソウル大学経済研究所客員教授、秀明大学大学院教授を経てアジア経済文化研究所理事・首席研究員。

◆昌原機械工業基地に見る強さとは◆

 「韓国 強さの秘密は?小さい国内市場、グローバル化前面に」。1月16日付の日本経済新聞(夕刊)が特集したヘッドラインである。同記事では、その秘密のひとつとして、某教授の言を引用して『国内市場が小さいから』と指摘し、「国内だけでは儲からないので、最初から海外進出を視野に入れたビジネスモデルを考えています」と述べている。

 ここで敢えて「揚げ足」を取ろう。本当に国内市場は小さいのか?182カ国を対象にした2010年の名目GDPを見ると、韓国は1兆71億㌦で15位、日本は5兆4589億㌦(3位)で両国には5・4倍の開きがある。しかしこれを購買力平価基準の一人当たりGDPで示すと、韓国は2万9836㌦で26位、日本は25位の3万3805㌦となり、日韓の一人当たりGDPの差異は大きくない。

 ちなみに購買力平価基準とは、購買力平価説(為替レートは自国通貨と外国通貨の購買力の比率によって決まる)を元に算出された交換比率で、この値の特徴は各国の物価の違いを修正して比較できるために実質的な国際比較に有利であるという点だ。その比較でみても韓国は日本の25位に次ぐ26位に位置しており、決して小さい国内市場とは言えない。また人口規模を見ると、10年の日本の人口規模1億2748万人、韓国は4891万人で日本が2・6倍の市場規模となる。

 つまり、韓国の強さの秘密のひとつとして「国内市場が小さい」と言う理由が海外進出の経済的根拠となっているが、韓国は一人当たりGDPが182カ国中26番目に位置する先進国家であり、小さい市場規模とは必ずしも言えない。

 ではこうした「揚げ足」を取って何が言いたいのかと言えば、「国内市場規模が小さい」ので最初から海外市場を狙った商品供給力を付ける、と言う戦術は今に始まったことではないということだ。これは韓国の伝統的産業発展戦略なのだ。ここでその歴史を探りながら韓国の強さの「真の」秘密を探ってみよう。

 もともと韓国は強くならねばならない運命的国家であった。その最たる理由は分断国家であり、対立国家だからだ。国民の生命を維持するためには強い国家でなければならない。それを実現するのは軍事力とともに産業力、経済力であった。戦後それが最も深刻に表れたのは1960年代後半から70年代初である。68年1月21日、大統領府2㌔にまで迫った北朝鮮武装ゲリラによる大統領暗殺未遂事件、23日の元山沖での米プエブロ号拿捕事件など北朝鮮の武力挑発が続いた。さらに11月には100余名の武装ゲリラが東海岸に侵入し1カ月余り武力挑発した蔚珍・三陟事件は韓国民の危機感をさらに増した。
69年7月、安全保障は自主防衛でと言う趣旨を盛り込んだニクソンドクトリンがグアムで発表された。そしてこれに基づいて71年3月までに、これまで韓国の国防にあたっていた一個師団の撤収が行われたのである。韓国は北の脅威と国防力削減に追い込まれ国民の危機感はピークに達していた。

 こうした事態に対処するため71年11月に大統領府に防衛産業育成担当の第2首席秘書室を設け、兵器・武器を中心とした防衛産業体制整備を開始した。しかし、その後素材産業が不足しその育成が不可欠であり鉄鋼、非鉄金属、石油、機械、造船、電子工業の6大戦略産業を中核とした重化学工業化建設に進むのである。

 この前線基地が昌原総合機械工業基地である。韓国工業基地が集中する慶尚南道に位置し、蔚山工業基地が同道の東の前線基地であれば昌原工団は南の前線基地である。蔚山は62年1月に特定工業地区に指定され今年で50年目であるが、昌原は73年9月に出された大統領令で機械工業基地指定を受け来年で40周年である。当時、昌原工団建設に対して、国内市場規模からみてこれだけの機械産業需要は見込まれずいずれ供給過剰をおこすと言われた。それは浦項一貫総合製鉄建設でも同じことが言われた。浦項建設はどこの先進国からも借款に応じてもらえず、日本からの資金・技術協力(戦後賠償金)を充当するほどであった。

 昌原市は70年代初から40年を経て今や近隣の輸出自由地域として発展してきた先輩基地馬山市を上回る大都市に成長し、韓国の工業化を牽引してきたのである。それも韓国が強くなければならないという宿命を負った歴史を持ち、国民の安全保障、生活向上を実現させるため、過剰供給力建設手段は、実は40年も50年も前から実施してきたのだ。韓国の強さ、言い換えると国家死守の手段は国家規模以上の規模を実現することなのである。
最近のK―POPや韓国ドラマなど文化産業の世界進出は、国家戦略の下での発展として注目されている。しかし、こうしたコリアンウェーブ戦略は、実は半世紀も前から採られてきた手段であり、その背景には国民と国土を死守しなければならないという国家を賭けたサバイバル戦略があり、昨今の『国内市場が小さいから』と言う指摘はこうした歴史の延長線にあるということを改めて付言したい。


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