ここから本文です

2012/03/23

<オピニオン>韓国経済講座 第138回                                                        アジア経済文化研究所 笠井 信幸 理事

  • アジア経済文化研究所 笠井 信幸 理事

    かさい・のぶゆき 1948年、神奈川県生まれ。国際開発センター研究員、ソウル大学経済研究所客員教授、秀明大学大学院教授を経てアジア経済文化研究所理事・首席研究員。

◆市場の魅力か市場コストか◆

 政府は今後より高度で精緻な市場対策をしていかなければならない。市場を魅力的に形成しようとすれば、政府にはそれだけ緻密な市場管理が求められ、市場に参加する企業が期待利益を達成できるよう市場対策に神経を注がなければならない。KAFTA(韓米FTA)の発効により政府にはこうした努力がより求められる。

 外交通商部はKAFTA発効前日に公示資料「3月15日韓米FTA発効」でその経済効果を改めて公表した。すなわち経済的意義として、①「経済領土」の拡張(欧米、インド、ASEANなどアジアの3大FTA市場の確保)、②短期・長期的経済的恩恵(10年間でGDP5・7%増加、35万人雇用創出及び国内の法制度の改変により経済社会を長期的に先進化)、③企業の輸出・マーケティング戦略に恩恵(5年以内に対米輸出品目の95・7%の関税撤廃などで対米市場の接近性が向上)、④国内生産性強化(中間財生産基地形成、FTA効果による繊維などの労働集約財産業の生産増大)、⑤消費者に届く恩恵(消費者選択の幅が拡大)。

 さらに、戦略的意義としては、①東北アジア地域のFTAハブとして跳躍(3大大陸市場への接近起点、東北アジアのビジネスセンター)、②先進国構築の機会(先進的システム導入で経済社会など各分野を高質化)、③韓米両国間「多元的戦略同盟」の一つの中心軸を構築(韓米間の経済分野を含む軍事・安保同盟)を挙げてKAFTAの国民経済利益獲得効果を指摘した。

 同公示では、こうしたKAFTAの経済効果を主張するとともに、被害分野への補完対策も掲げている。総支援規模は17年までに54兆ウォン(約3兆9600億円)を投入するというもので、内訳は、まず財政支援として、農漁民に対しては被害産業支援、競争力強化支援、安定的所得基盤強化へ向けた支援対策、また中小企業小商工人支援として被害産業への保護策、支援対策を挙げ、税制対策では、農漁民の生産費減少対策として輸入飼料無関税枠拡大や無関税期間の延長などを講じている。さらに、制度改善で臨時農家を保護、中小企業適合業種を導出し育成することなどを掲げている。

 KAFTAの発効で関税が即時撤廃される品目(農水産物含む)は、韓国の対米輸入品目の80・5%に当たる9061品目、米国の対韓輸入品目の82・1%に当たる8628品目に達する。そのことは、世界のGDPの23%を占める先進市場において日本、中国など未だ対米FTAを締結していない輸出競争国に対し優位に輸出を展開できることを意味する。同時に国内市場においては、生産性の向上、雇用創出拡大、経済システムの先進化など経済利益は計り知れない。

 しかしながら、こうしたKAFTAの利益も市場管理を怠ると韓国経済に大きなダメージを及ぼすと懸念されていることも事実だ。KAFTAに反対する勢力が主張するのは、いわゆる「毒素条項」と呼ばれるKAFTA協定項目で、彼らは韓国経済崩壊につながる猛毒としてKAFTA撤廃を訴えている。具体的には①サービス市場のネガティブリスト(開放しない分野のリストで事実上全面開放)、②ラチェット条項(開放した水準は戻せない)、③未来最恵国待遇条項(今後他国とのFTAで米国より開放度が高い水準は、自動的に米国にも適用)、④投資家―国家間紛争解決制度(ISD)(韓国の法律の上位法で、米企業は韓国で裁判を受けない)、⑤間接収用による損害補償(国内法に優越し、違法企業を韓国は裁けない)、⑥非違反制度(韓国の政策により、「期待する利益」を得られなかった場合、投資家が相手国―韓国を国際仲裁機関に提訴できる)、⑦政府の立証責任(韓国政府の政策・規制などに起因する紛争は科学的な根拠で政策正当性を証明しなければならない義務)、⑧サービス非設立権(相手国に事業所を設立しなくても営業できる、それで紛争があっても当該企業を処罰できない)、⑨公企業完全民営化及び外国人所有持分制限撤廃(公社、公団など国営企業や福祉機関の入札に参加し支配できる)、⑩知識財産権直接規制条項(知的財産権取り締まり権限を、米系企業が直接持つ)、⑪金融及び資本市場の完全開放(米企業による金融・資本機関の占有が可能で、中小企業に対する貸し出し減少が懸念)、⑫再協議不可条項(上記条項はいかなる場合でも再協議できない)というものである。

 ここでは紙幅の制約上この内容の吟味はできないが、いずれにしてもこれらの項目が支配すれば前半のKAFTA効果を相殺するような深刻な事項だ。多くの事項が、今後KAFTAに関して、韓国経済に不利になるような問題が発生しても再協議、事前復帰が不可能なしばりがかかり、将来KAFTA以上の開放水準はそのままKAFTAに適用される状況であることを規定している。そうであれば、政府は今後ともKAFTA水準を維持する法制度で市場管理しなければならず、市場の魅力を高めるためにも的確な市場管理は政府に課せられた重大な課題である。


バックナンバー

<オピニオン>