ここから本文です

2012/05/11

<オピニオン>人材第一に見る教育研修                                                                 サムスンSDI 佐藤 登 常務

  • サムスンSDI 佐藤 登 常務

    さとう・のぼる 1953年秋田県生まれ。78年横浜国立大学大学院修士課程修了後、本田技研工業入社。88年東京大学工学博士。97年名古屋大学非常勤講師兼任。99年から4年連続「世界人名事典」に掲載。本田技術研究所チーフエンジニアを経て04年9月よりサムスンSDI常務就任。05年度東京農工大学客員教授併任。10年度より秋田県教育視学監併任。11年度名古屋大学客員教授併任。著者HP:http://members.jcom.home.ne.jp/drsato/(第1回から82回までの記事掲載中)

◆徹底した思想と方針で実施◆

 4月の本欄では企業文化における強みを整理したが、その中にグローバル人材の積極的活用について触れた。グローバル人材以前に、サムスンの基本理念のひとつとして「人材第一」がある。この用語を実践するには教育研修のインフラと充実したプログラムが必要になる。

 そのインフラ機能を担う中枢機関のひとつは韓国京畿道龍仁市にある「創造館」(1992年開館)である。広大な敷地に種々の施設を備えた建物は、ひと目見ただけで「人材第一」が言葉だけではなく、本来の実践につながる機能を見せつける。宿泊施設もホテルのように行き届き快適な研修が受けられるように整備されている。ここまで充実した研修施設を日本の企業の中に見たことはない。

 研修プログラムも多岐にわたり、新入社員研修を始め、若手社員、管理職、役員、CEO(最高経営責任者)など階層ごとの研修や、役員やCEO候補の養成研修、外国人を対象とするグローバル研修、地域専門家養成研修、語学研修など様々なプログラムを取り揃えている。それだからこそ、2004年サムスンに入社して驚いたことのひとつに、研修の多さがあった。部下が入れ替わり立ち替わり研修の要請に基づいて職場を離れていく。

 そうかと思えば、研修から帰って来た部下が、またほどなく別の研修に出かける。「いったいいつ本来の業務が出来るのか?」、「本業が忙しいから延期をしたら?」と真剣に問い質したこともある。

 しかし教育研修は第一優先という制度になっていて、本業の忙しさとは天秤にかけないシステムをとっているところが徹底した思想と方針である。

 このような研修は、状況認識の共有やお互いの意見交換を通じて刺激になる。さらに昇進へのきっかけ作りにもなることで、またそこでは競争意識も増幅される。将来は役員になりたいという若手の動機付けにもつながる。競争意識をもたせることも創造館の役割のひとつとも言える。

 4月中旬に外国人役員を対象にした1泊2日の合宿研修が開催された。3月に参加要請が届いたが、参加表明書と共に、参加できない場合の詳細な理由書まで準備されている。

 今回のグローバル役員研修は、対象者の全員が出席したわけではなかったものの参加率は93%。韓国内から、そして世界各国から集められた役員に対する試みは綿密なプログラムで構成されている。

 サムスンの歴史から紐解き、サムスンが目指す今後のビジョンに対する講義や意見交換として繰り広げられた。

 競争意識は企業間と個人間の原動力となっていることに違いはないが、半面、競争意識が高じて、全体主義と個人主義のバランスは日本よりも個人主義側に比重がかかる傾向にある。自分の昇進のための努力は惜しまず、昇進ロードマップを描き、昇進したいことを他に公言し、ともすれば自ら入手した情報の共有を積極的には行わない場合もあり得る。

 儒教の精神も作用して上下関係は簡単ではない。考え方の相違が生じた場合に、日本の企業では割合、上下関係でも議論するケースが多いが、儒教文化の中では容易なことではない。それがストレスに繋がるような場合もある。

 自分の業務で成果を出し、上司からの評価を得ることが最も重要な昇進プロセスであることから、上下関係での白熱する議論は不利に作用することがある。

 ましてや担当するテーマが窮地に陥ると企業人生命に関わることになる。研究開発テーマの場合には、その価値自体を非難追及されると、いかにそのテーマが必要なもので重要なことであるかを精一杯説明することになる。

 テーマの存続こそが個人にとっての生き残りの絶対条件であるから、理解できないこともないが、それが経営資源の無駄使いになる場合には、より大局的な判断を行う必要がある。

 このような背景で以前、中央研究所で展開されていたある研究開発テーマの中止をCEOに提案したが、担当役員とプロジェクトリーダーの抵抗もあり、中止に導くまでには相当な時間と説明が必要になったのも事実である。

 今後は各業界のフロントランナーとして新たなビジネスモデルを立案する段階になってきた。そのためには既成概念にとらわれず、業界の垣根を越えた融合、さらにネットワークの構築と活用が求められる。とりわけ社外ネットワークの強化はますます価値を生じることになる。


バックナンバー

<オピニオン>