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2012/11/02

<オピニオン>経営戦略の企業業績への影響                                                                 サムスンSDI 佐藤 登 常務

  • サムスンSDI 佐藤 登 常務

    さとう・のぼる 1953年秋田県生まれ。78年横浜国立大学大学院修士課程修了後、本田技研工業入社。88年東京大学工学博士。97年名古屋大学非常勤講師兼任。99年から4年連続「世界人名事典」に掲載。本田技術研究所チーフエンジニアを経て04年9月よりサムスンSDI常務就任。05年度東京農工大学客員教授併任。10年度より秋田県教育視学監併任。11年度名古屋大学客員教授併任。著者HP:http://members.jcom.home.ne.jp/drsato/(第1回から88回までの記事掲載中)

◆低迷期こそ新たな発想で仕組み創りを◆

 日本の電機業界における経営実績が極めて厳しい状況下にあることはマスコミを通じて連日のように報道されている。シャープの予想以上の赤字見通し、ソニーの大幅人員削減、パナソニックの構造調整など、経営計画と実績が伴っていない乖離がある。

 技術の先進性は日本が強みとしている武器であり、先端技術では日本の右に出る海外企業は極めて少ない。しかし市場は技術を欲するものではなく、デザインや価格を含めた総合魅力、総合競争力で購買心理が働く。先進技術という「もの」が、世の中に無い商品や製品を「こと」として創り上げると、そこに新たな市場が創造される可能性は大きくある。しかし既に類似のものが存在する場合には新たな「こと」創りとはならない。

 自動車業界の分野で例えると、ハイブリッド自動車が97年から市場に出回って15年が経過したが、市場ニーズは徐々に高まり消費者の購買反応もすこぶる良い。これはハイブリッド技術が燃費特性を大幅に向上させるという「こと」を実現した成功事例である。

 一方、09年から日産自動車や三菱自動車から市場へ供給された電気自動車が3年間で各社累積3万台に留まっているという販売実績は、経営計画からの大きな乖離を生み出している。これは、脱ガソリンという意味では技術的にハイブリッド車より進化した自動車とも言えるが、商品という意味では航続距離や充電設備の導入と充電時間などを許容しなければならない負担を消費者が被るもので、すぐれた「こと」創りまで至っていないためである。

 「こと」の分類では、筆者も関わっていた電気自動車がカリフォルニア州に供給された97年の段階と大きな変革がないのである。優れた「こと」に至る電気自動車となるためには、革新的な電池が開発され航続距離のストレスから解放されることが条件となる。

 サムスンの経営が結果的に実績を出しているのは、「もの」より「こと」に軸足をもっているためと、事業が悪循環になっている限り、徹底してトップの交替、ビジネスモデルの変革、マーケティングによる市場開拓を何度となく実行する聖域なき戦略を実践するからである。それでも駄目な場合には事業撤退も躊躇しない。

 経営陣の責任はその分、極めてデジタルに把握され管理される。代わりはいくらでもいるというスタンスの責任体制を敷いていることから、緊張感もあってスピードも速い。

 社長団の平均年齢も57歳という若さであるから、他の役員も含めて全体として若い経営感覚を実践に移している。

 空調大手のダイキンがグローバル市場で勢いづいているのは、中国企業の格力電器に敢えてエアコンの心臓部であるインバータを無償で供給し、結果としてダイキンのエアコンを中国の既存販路に乗せるような新しいビジネスモデルを2008年に実現したためである。

 とかく技術流出防止という観点で、日本の多くの企業は国内生産に拘わり、あるいは部材供給側の工場への立ち入りを遮断したりなどを展開してきた。日本国内の市場がふんだんにあった時代にはそれで良かったけれど、昨今のグローバル市場では為替変動によるリスクもあれば、自然災害などによる部材供給ルートの安定的確保の問題、人件費や法人税の違いなどを考えると、海外拠点創りとそれをうまく活用することの方が、日本国内に拘ることよりも優先されるべき課題である。それを前提として、技術流出防止のための各社の戦略と戦術を築くことの方がチャンスは拡大し、グローバル進出と展開による事業の健全化と拡大発展が、結果として雇用の維持と創出を育むことになると考える。

 日本の産業構造を根底から強いものにしていくためには、日本国内だけへの拘りを捨てて、積極果敢なグローバル戦略を展開することにある。事業の縮小や撤退、人員削減をする道は現段階では避けられないが、同時に他が真似をできないような技術や製品の開発、それを核にした骨太のビジネスモデル創り等々、この低迷の時にこそ、新たな発想で復活する仕組み創りのための経営戦略が求められる。

 サムスンの李健熙会長が言うように、十年後には既存のビジネスがなくなるという危機感をもった経営戦略と経営陣が、日本では不足していたように見えるのである。


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