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2013/01/25

<オピニオン>韓国経済講座 第148回                                                        アジア経済文化研究所 笠井 信幸 理事

  • アジア経済文化研究所 笠井 信幸 理事

    かさい・のぶゆき 1948年、神奈川県生まれ。国際開発センター研究員、ソウル大学経済研究所客員教授、秀明大学大学院教授を経てアジア経済文化研究所理事・首席研究員

◆新体制で日韓関係改善を◆

 日韓関係を表す言説は「政冷経熱」が常套句だ。領土問題、歴史問題で冷え込む「政」に対し、貿易投資の増大と文化交流の活力が軸となった「経」がそれを象徴した。「政」の良好関係追求の諸力より「経」の利益追求のそれが勝った格好だ。しかし本来は両軸が強化されねばならない。日韓新政権はスタート早々「政」の改善強化を図っている。2012年12月26日にスタートした安倍政権は、まず2日前の同24日に本年2月22日に予定されていた島根県の「竹島の日」の式典を見送り、同25日の朴槿惠氏の大統領就任式への配慮を示した。さらに安倍首相は元日、朴氏への特使としての額賀福志郎元財務相に「韓国は隣国で最も重要な国だ」とのメッセージを託し、4日午後に親書を手渡した。

 一方韓国も与党セヌリ党の黄祐呂代表ら超党派で構成される韓日議員連盟の議員団が、民団の新年会参席のため8日から3日間訪日し9日に安倍首相と面談、友好関係構築へ向けての意見交換を行った。翌10日には、外交通商部の安豪栄第1次官、河相周夫外務次官が出席した第12回日韓戦略対話が行われ、両国信頼関係強化、日韓EPA再開、対北朝鮮核問題などに対する高官級対話が行われた。「政冷」改善のため両国新政権(朴槿惠政権は2月25日から)の努力についてはまずますのスタートを切ったと言えよう。

 「経熱」は昨年の日本企業の大型対韓投資など衰えを見せていない。数年来の「政冷」の影響を受けて「経熱」は終わり「経涼」だとの意見もあるが、決してそうではない。一次の韓流マスコミ報道は涼しくなったが、経済取引は関係ない。この点は政経一体の中国とは分けて見なければならない。韓国の対日輸出もリーマンショック後の09年を除けば増大傾向にあり、12年もほぼ11年並みで、輸出規模別順位も相変わらず中米に続く3位を堅持している。また日本の対韓投資は12年で22億5900万㌦と最も多く、ついでEUの15億5300万㌦、11年1位の米国は前年比60・4%増加したものの10億3700万㌦にとどまった。

 企業レベルではサムスン電子の一人勝ちでメーカーは大差をつけられて負けているといった対立、競争面が広く伝えられているが、実はそれだけではない。ギャラクシー、アイフォーンなどの高機能携帯電話の販売市場拡大は目覚ましいが、同時に日々進化する機能の技術開発分野も同時に急速に増している。研究開発に関する投資は増えているものの技術開発は1社の開発能力を超えている。特にサムスンのようなオープンイノベーション(極秘裏に自社内で行われる技術開発方式つまりクローズドイノベーションではなく、他社との協力開発など広く開放した技術開発方式)を導入している企業は企業連携による技術開発を行っている。サムスン電子が「競争相手」の東芝、パナソニック、ソニーと協力設立したアメリカ合弁法人NSMがそれだ。企業の「経熱」は極めて合理的だ。同社はスマートフォン、タブレット型端末などモバイル機器に使われるフラッシュメモリーのセキュリティー技術開発を行い、そのライセンス事業を共同展開するために設立されたと言う。すでに11年末には技術開発は完了し、13年1月にNSM設立を発表しライセンス事業を4社協力体制で行うと言うのだ。今後こうした日韓企業協力事業が増えるかも知れない。

 こうして見ると新政権は順調にスタートを切ったように見えるが、問題もある。「経熱」に水を浴びせかけたのが急速なウォン・円の対ドルレート逆進だ。12年10月ごろから米国経済の復調感や日本の経常収支赤字定着感が円安へ誘導していた上に、安倍政権になり、日銀により06年3月以降停止されていた量的緩和をデフレ脱却へ向けて量的規制緩和宣言がされて以降、円安に弾みがつき、これに10年以降のウォン高基調を合わせると日韓通貨逆進が深刻化している。この日韓通貨逆進は12年10月頃から始まった。例えば、13年の円相場は1㌦=86円65銭で始まり、14日には1㌦=89円39銭と3・16%値を下げた。同期間にウォン相場は1㌦=1063ウォンから1056ウォンに切り上がり0・66%上昇した。その結果ドルに対する円相場とウォン相場の変動幅(円下落率/ウォン上昇率)は4・8倍となった。すなわち、円相場の下落ペースがウォン相場の上昇ペースより4・8倍早かったことを意味し、今年に入ってわずか2週間ほどで如何に通貨逆進が急速であったかが分かろう。

 上の逆進を円ウォンで換算すると100円=1226・8ウォンから1174・6ウォンへウォンが上昇したことになる。たとえば韓国企業の東京支社が本社へ100億円分のウォンを送金する場合、1226億8000万ウォンから1174億6000万ウォンとなり、52億2000万ウォンの減額となる。この例ではわずか2週間で52億ウォンの損出に見舞われたことになる。これはウォン側から見たほんの一例だが、円側から見ると言うまでもなくこの逆現象になるが、いずれにしても日韓の資金移動に対し短期間に起こった逆進への対応が必要だろう。しかし、リーマンショック以前にはもっとウォン高であったことを考慮すれば、むしろこの間の円高基調を前提とした企業、金融機関の資本取引を改めることも必要である。

 当面は「政熱経熱」関係はとはいかないが「政涼経熱」関係へ向けて新しい政権が歩み出したと見ておこう。


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