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2013/08/09

<オピニオン>韓国企業と日本企業 第7回 現地消費者の琴線に触れるマーケティングを                                                    多摩大学経営情報学部 金 美徳 教授

  • 多摩大学経営情報学部 金 美徳 教授

    キム・ミドク 多摩大学経営情報学部および大学院経営情報学研究科教授。1962年兵庫県生まれ。早稲田大学院国際経営学修士・国際関係学博士課程修了。三井物産戦略研究所、三井グループ韓国グローバル経営戦略研究委員会委員などを経て現職。

アジア・新興国市場の改善急務◆

 韓国企業と日本企業の強みを経営スタイル、海外戦略、技術開発、投資戦略、リーダーシップ、人事戦略の6つの側面から比較分析する。前回の経営スタイルに次いで、2つ目は海外戦略である。韓国企業の強みは、現地ニーズにしたがって韓国モデルをどんどん修正する「現地化」である。一方、日本企業はというと、日本モデルをそのまま輸出する「日本化」である。韓国企業の現地化は、事例を挙げながら詳しく紹介する。現地化は、分野別に行われており、①製品開発、②経営・人材、③マーケティングのそれぞれの側面から独特な現地化を図っている。

 「製品開発の現地化」の事例は、以下のものがある。LG電子は、インドで文化的特性を考慮して製品開発。例えばテレビは、大音量を嗜好するインド人に合わせて2000㍗に増強、地域ごとに言語が違うので10言語を字幕対応、インド人が熱狂するクリケットゲーム機能を追加。携帯電話は、道路の騒音を考慮し、呼び出し音を高く設定。洗濯機は、インド人が好きなデザインにするため花模様や21色のバリエーションを提供。電子レンジは、101という数字を好むインド人(下一桁に1を加えると吉祥数になるという慣習)に合わせて101種類のレシピ機能を追加。また、中東では、携帯電話にイスラム教に特化した機能を搭載。同機能は、巡礼地やメッカの方向を示す方位表示、音声と文字でコーラン全文の提供、1日5回の礼拝時間を知らせるアラーム、礼拝中の受信拒否、イスラム暦の内蔵などである。

 サムスン電子は、インドでテレビに視聴者が良く見る番組を簡単に操作できるイージービュー機能を追加。洗濯機は、頻繁に起きる停電に対応して動作が止まる前の状態を記憶する機能、伝統衣装のサリーを傷つけないようにする特殊機能、洗濯物が見えるように透明の蓋を追加。冷蔵庫は、盗難防止用の鍵。携帯電話は、電力事情を考慮して本体裏側に太陽光パネルを設置。家電は、頻繁に起きる電圧変動に対応するため全てに電圧安定器を付けた。

 現代自動車は、インドで気候・生活環境と現地人の嗜好に合わせて開発。例えば高温多湿な気候や未舗装・浸水など劣悪な道路事情を考慮し、エンジン冷却機能およびエアコン性能の強化、ブレーキ機能の強化、サスペンションの補強、車体防水などの性能改善。また、ターバンを使う一部の人種のために車体の天井を高くしたり、頻繁にクラクションを鳴らす運転手が多いことからハンドルに装着しているクラクションのスイッチを増やした。

 このように現地ニーズを徹底して汲みこんで製品を開発するとともに、そのデザインにも注力した。韓国製品は、先進国から見れば決して格好良いデザインとは言えないが、新興国市場の消費者には人気があり、よく売れる。例えば韓国製品の色は、日本製品のように洗練されたものでなく、けばけばしかったり、派手であったりする。真っ赤な大型冷蔵庫が大ヒットした。

 次に「経営・人材の現地化」の事例を挙げる。LG電子は、インドで販売や人事など経営をインド人、生産と財務を韓国人が担当している。また、中国で19カ所の現地生産法人に中国人約4万人を雇用し、労働組合の設立支援や現地採用人材の幹部登用を行うなど労使関係が良好である。さらに、現代自動車は、インド現地法人の社長に同国財務部次官出身者を迎え、その人脈を生かしたマーケティングや対現地政府への対応を強化した。現地のニーズに細かく応えるマーケティング優先の製品開発は、こうした人的ネットワークによって支えられている部分が大きい。インド工場には、あえて高度な生産システムを導入して労働者の負荷をできるだけ下げることにより、労使問題の発生を極力抑えた。

 最後に「マーケティングの現地化」の事例である。サムスン電子は、インドでテレビ普及率(30%)が低いことを考慮し、「サムスン・ドリームホーム・ワークショップ」という商品展示やイベントを135地域で開催した。また、空港広告、スポーツマーケティング、文化マーケティング(社会問題解決)を通じてブランドを浸透させている。例えばブラジルで低所得者層にファンが多いサッカーチームの「コリンチャンス」と高所得者層にファンが多い「パルメイラス」のスポンサーに、インドで国民的スポーツのクリケット大会のスポンサーになっている。

 韓国企業の現地化の成功の秘訣は、一つは現地消費者の琴線に触れるマーケティングを展開したことだ。もう一つは、会社組織の論理やメーカーの都合を最大限排除したことであり、新興国市場を決して軽視しなかったことではなかろうか。このように現地消費者の本質的な価値観に積極的に接近するとともに共感する一方、自尊心を傷つけないよう細心の配慮をした。その結果、最も重いメッセージが、相手の心にガンガンと伝わったようである。したがって成功の秘訣は、ある意味でシンプルなもので、腹を据えること、リスクを覚悟すること、本気になることである。逆に言えば、手離れの良いもの、リスク回避を意識したものは駄目だということである。今後、日本企業は、製品の品質の改善だけに目を奪われずに、アジア・新興国市場のマーケティングの改善が急がれるであろう。


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