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2014/05/23

<オピニオン>転換期の韓国経済 第52回                                                       日本総合研究所 向山 英彦 上席主任研究員

  • 日本総合研究所 向山 英彦 上席主任研究員

    むこうやま・ひでひこ 1957年、東京生まれ。中央大学法学研究科博士後期課程中退、ニューヨーク大学修士。証券系経済研究所などを経て、2001年より(株)日本総合研究所勤務、現在調査部上席主任研究員。中央大学経済学部兼任講師。主な著書に「東アジア経済統合への途」など。

  • 転換期の韓国経済 第52回

◆高齢社会の到来と定年延長◆

 韓国では2013年4月に、「雇用上の年齢差別禁止および高齢者雇用促進法改正法」が国会で可決された。従来「努力義務」であった60歳以上の定年が、従業員300人以上の事業所では16年、300人未満の事業所では17年から義務づけられる。この背景には、少子高齢化の急速な進展に伴い、財政支出の増加圧力が強まっていることがある。

 生産年齢人口(15~64歳)が17年に減少に転じる一方、韓国は「高齢社会」(全人口に占める65歳以上の人口が14%以上)に移行する見通しである。こうしたなかで問題になっているのが高齢者の貧困である。OECDの統計によれば、10年時点の韓国の相対的貧困人口比率は47・2%と、OECD加盟諸国(平均12・8%)のなかで最も高く、しかも上昇傾向にある。

 高齢者の貧困要因には、①短い勤続年数(早い退職年齢)、②低い年金給付額、③公的扶助の未利用などがある。

 18歳以上60歳未満の国民を対象にした国民年金制度は73年11月に法案が国会を通過したが、第一次石油ショック後の経済環境の悪化や朴正熙大統領の暗殺(79年)などの影響により実施が見送られ、88年になってようやく施行された(当初は従業員10人以上の事業所が対象)。92年に従業員5人以上の事業所、95年に農漁民と農漁村地域の自営業者、99年に都市地域の自営業者、零細事業者、臨時職・日雇い勤労者と、その対象が段階的に広げられた。

 施行当初の保険料は月額報酬の3%、年金給付の所得代替率は70%と、「低負担高給付」であったが、その後の環境変化に伴い、保険料率と所得代替率が数次にわたり変更された。現在の保険料率は9%(事業所加入者は労使折半、それ以外は全額自己負担)、所得代替率は14年現在で47%である(08年に従来の60%から50%に引き下げられ、それ以降毎年0・5%ずつ引き下げられ28年に40%となる)。

 ただし、所得代替率は40年の加入期間を満たしてのものであり、そうでない場合は減額給付となる。実際、給付額をみると、20年以上加入した者の平均月額が85万1090ウォン(約8万5000円)であるのに対し、加入期間が10~20年の場合には41万680ウォンで、最低生活費(保健福祉部によれば単身世帯の12年の最低生活費は55万3354ウォン)に達していない。

 高齢者の厳しい生活状況を受けて、08年から税金を使い、所得水準が一定以下の者に対する定額給付制度(基礎老齢年金制度)が施行されたが、基礎老齢年金(最大9万ウォン)を加えても、最低生活費をカバーできていない者が多数存在する。

 朴槿惠政権はこうした状況を改善するために基礎老齢年金を最大で月20万ウォンまで支給することにした(所得上位30%は除外)が、財源確保の問題が浮かび上がった。

 年金に関しての国庫負担はこれまでのところ、年金サービス費用の一部、農業漁業者の保険料の一部、基礎老齢年金給付であるが、将来いずれかの段階で多額の税金を投入する必要性が出てくることも予想される。

 国民年金制度を持続可能なものとするために、07年に給付率の引き下げとともに、支給開始年齢を13年から61歳(当初60歳)に、その後5年ごとに1歳ずつ引き上げ、33年には65歳にすることが決定された(図参照)。

 年金支給開始年齢の引き上げにより、定年の延長が必要となったと考えられる。通貨危機後、大企業では能力主義が徹底され、40歳代で退職する人は珍しくない。その意味で、「60歳以上定年制」の実施はこれまでの経済社会を大きく変える可能性がある。

 将来の「60歳以上定年制」の実施を控えて、サムスン電子などでは定年を延長する一方、「賃金ピーク制」を導入する動きがみられる。こうした半面、法律の施行を前に退職を迫る動きが広がることが懸念されており、今後の動向に注意したい。


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