ここから本文です

2014/03/07

<オピニオン>韓国福祉国家を論じる 第1回 韓国社会を素描する                                       東京経済大学経済学部 金 成垣 准教授

  • 東京経済大学経済学部 金 成垣 准教授

    キム・ソンウォン 1973年韓国生まれ。延世大学社会福祉学科卒業、東京大学大学院人文社会系研究科博士課程修了。博士(社会学)。東京大学社会科学研究所助教などを経て現在、東京経済大学経済学部准教授。

◆諸政策の機能強化の実現を◆

 サムスンの携帯電話やスマートフォン、LGの家電製品、現代自動車の車等々、韓国企業の生産製品が世界でマーケットシェアを急速に拡大しており、韓国は経済的に世界の中心に向かう勢いである。またK―POPや韓ドラなどの文化コンテンツが多くの国の人々を熱狂させており、そこから世界における韓国の文化的影響力の大きさを実感することができる。

 近年このように経済や文化などの面で韓国の華々しい状況が世界的な注目を集めていることは確かに事実である。しかしながらその一方で、韓国国内の人々の実際の生活状況をみると、必ずしも華々しいとはいえない厳しい現状を発見することができる。むしろ即解決しければならない深刻な問題をたくさん抱えているのが韓国社会の実情といえる。

 例えば、若者の雇用問題は非常に深刻である。「青年失業100万人時代」といわれているように、若者は深刻な就職難にさらされており、その状況は1990年代末のIMF経済危機の時よりも危機的とされる。実際2000年代後半以降から、「88万ウォン世代」(月給8万8000円弱で生活している若者たち)、「三抛族」(恋愛、結婚、出産を諦めざるを得ない若者たち)、「4000ウォン人生」(最低賃金400円弱のパートやバイトの人々)等といった若者の苦しい生活状況を表現する流行語が次々と出ているのは周知の通りである。

 高齢者の貧困問題も想像を超えてかなり深刻である。新聞やテレビで「黄昏の貧困」、「廃品を拾う老人たち」、「捨てられる老人たち」などといったタイトルの記事や番組をよくみかけるが、実際韓国の高齢者はその半分程度が貧困状態にあり(2010年相対的貧困率47・2%)、OECD諸国(同年平均12・8%)で突出して高く、06年以降ワースト1を記録しつづけている。

 社会全体的にみると、「両極化」といわれる格差問題が急速に広がっている。いわゆる「中流階級」が少なくなり、少数の「上流階級」と多数の「下流階級」の区分が著しくなっているという意味での「両極化」であるが、最近の社会階層・意識に関する政府の調査(「13年社会調査結果」)をみると、自分の状況を「下流階層」と答えた割合が46・7%と過去最大となっている。

 以上のようなさまざまな問題を抱えている韓国社会において、人々の生き難さがはっきりと現れているのも注目に値する。「現在における人々の生きにくさ」の反映といえる自殺率は、04年以来OECD諸国のうち最高を記録しており、また「将来における人々の生き難さ」の反映といえる出生率も、02年以来OECD諸国のうち最低を記録している。

 それでは、韓国社会はいったいなぜ以上のような厳しい状況になってしまっているのか。その手がかりとなるキーワードが「福祉国家」である。一般的に福祉国家というと、加齢や障害、病気や怪我、退職や失業等々、誰もが経験しうる生活困難のリスクに対して、さまざまな政策を打ち出し国民の生活を守る国家体制を指す。その具体的な政策には、一方で、働くことができる人々には働くことを支援する。例えば、職業訓練や仕事の提供、最低賃金の保障などの労働条件の確保のような雇用保障政策がある。他方で、働くことができない人々には直接生活を支援する。例えば、年金や医療、失業保険また公的扶助などによる最低生活の保障のような社会保障政策がある。

 韓国は、90年代末のIMF経済危機をきっかけとして以上のような諸政策を備えつつ福祉国家化に乗り出した。その後も積極的に雇用保障と社会保障とかかわるさまざまな政策を推進してきている。問題は、上記のような韓国の厳しい実情からすると、それらの諸政策がうまく機能していないということである。

 例えば、雇用保障政策によって提供される仕事は、「低賃金・短期間・非熟練労働」のような質の悪いものがほとんどであり、当然ながらそのような政策によって若者の雇用問題が解決できるはずがない。また社会保障政策のなかで、年金は「小遣い年金」といわれるほど低い水準であり、医療もまた保険外診療などによる自己負担が重く、病気による生活破綻も多くみられる。日本のように皆保険・皆年金体制となっているものの、それによる高齢者の貧困問題の解決は期待しにくい状況なのである。また国民基礎生活保障という公的扶助制度は、給付額の低さの問題もあるが、それより扶養義務者基準など厳しい受給条件のため貧困に陥っても低い金額の給付でさえ受けられないケースが多い。こういった状況のなかで、それぞれの政策によって解決すべき問題が解決されず、ますます深刻化しているのが、韓国福祉国家の現実といえよう。

 となると、ここで韓国の福祉国家のあり方があらためて問われることになる。実際「韓国は果たして福祉国家なのか」とよく問われている。上記の状況からする限り、ほとんどの人々が「否」と答えるに違いない。ただし、韓国の福祉国家を問う際に、そのような単線的な問いと答えだけでは不十分であろう。韓国社会が抱えているさまざまな問題とその原因を正確に把握しそれを解決につなげていくためには、「福祉国家か否か」といった問いではなく、「いかなる福祉国家か」を問い、その「いかなる」に対して具体的に答えていく必要があると考えられる。本コラムにおいては次回以降、「韓国はいかなる福祉国家か」という問いをベースにしながら、韓国社会の現状と問題点そして今後の課題を論じていきたい。


バックナンバー

<オピニオン>