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2016/11/18

<オピニオン>転換期の韓国経済 第81回                                                       日本総合研究所 向山 英彦 上席主任研究員

  • 日本総合研究所 向山 英彦 上席主任研究員

    むこうやま・ひでひこ 1957年、東京生まれ。中央大学法学研究科博士後期課程中退、ニューヨーク大学修士。証券系経済研究所などを経て、2001年より(株)日本総合研究所勤務、現在調査部上席主任研究員。中央大学経済学部兼任講師。主な著書に「東アジア経済統合への途」など。

  • 転換期の韓国経済 第81回

◆トランプショック◆

 韓国経済の先行きに対する不透明感が増している。低成長が続くなかで、最近になり、韓進海運ショック、ギャラクシーノート7の生産停止、朴槿惠大統領の親友の崔順実氏の国政介入疑惑に端を発する政治混乱、トランプショックなど、悪材料が相次いで生じたことが背景にある。

 トランプ氏が次期大統領に選出されたことにより、米国の通商政策が国益を優先した二国間主義へ大きく舵を切る可能性が出てきた。トランプ氏が選挙期間中に言及したことのなかで、韓国経済に直接・間接的に影響を及ぼすのは、①韓米FTAの再交渉、②NAFTA(北米自由貿易協定)の再交渉やメキシコ製品に対する関税の大幅引き上げ、③在韓米軍の縮小および在韓米軍駐留費の負担増加要求などである。とりわけ韓国が懸念しているのは、韓米FTAがどうなるかである。トランプ氏は選挙期間中に「韓米FTAは壊れた約束であり、雇用を殺す災難を招く協定である」、「韓米FTAによって10万人分の雇用が喪失した」と主張した。この主張に必ずしも客観的な根拠があるとはいえない。

 実際、米国商務省ITA(国際貿易局)の「Jobs Supported by Export Destination 2015」によれば、米国の財輸出による雇用創出の多い国として、韓国は7番目である(カナダ、メキシコ、中国が上位)。とはいえ、トランプ氏が韓米FTAに対して強い不満を抱いている背景に、両国間の貿易不均衡とそれに関連した韓国側のサービス分野における市場開放の遅れがある。

 韓米FTAは12年3月15日に発効した。その後の貿易(国際収支ベース)の推移をみると(上図)、財収支は13年、14年と韓国の黒字が急拡大したが、15年は前年をやや下回った。他方、サービス収支は韓国側の赤字が続いており、15年は赤字が増加した。したがって、韓米FTAが韓国側に一方的に有利に作用しているとは必ずしもいえない。

 また、FTAの再交渉を進めるにしても法律上いくつかクリアすべき問題(大統領の権限でできるのか、議会の承認が必要なのか)があること、さらに、同FTA廃止の方針を示せば、農業団体からの反発も予想されるため、大統領就任後すぐに韓米FTAの再交渉に向けた動きが出てくる可能性は低いと考えられる。むしろ、可能性として高いのは、貿易不均衡が顕著な自動車や鉄鋼などで不均衡是正への圧力、米国が比較優位にある金融・サービス・法律などの分野で市場開放圧力が強まることである。NAFTAの再交渉やメキシコ製品に対する関税の大幅引き上げも韓国経済にとって無縁ではない。というのは近年、韓国企業がメキシコでの事業を拡大しており、韓国からメキシコへの輸出も増加しているからである。

 とくにメキシコでは近年自動車産業が急成長し、15年時点の生産台数は世界7位になった。同国政府がNAFTAを含め、FTAを積極的に締結してきたことにより、生産コストの低いメキシコが北米市場向け輸出拠点として注目され、世界有数の自動車メーカーが相次いで生産拠点を設けたことによる。


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