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2016/10/28

<オピニオン>韓国経済講座 第190回                                                        アジア経済文化研究所 笠井 信幸 理事

  • アジア経済文化研究所 笠井 信幸 理事

    かさい・のぶゆき 1948年、神奈川県生まれ。国際開発センター研究員、ソウル大学経済研究所客員教授、秀明大学大学院教授を経てアジア経済文化研究所理事・首席研究員。

◆接待文化にメス◆

 「ここは割り勘にしよう」「先生、ここは日本じゃなく韓国ですよ。こちらにお任せ下さい」。飲み会でのいつもの会話である。客をもてなすのに日本も韓国もないが、韓国では権力や権限にも習慣的にもてなす慣習があり、それが持ちつ持たれつの社会を培ってきた。こう言うと誤解を招くかもしれないが、いわば慣行という接待文化が定着していることは事実である。接待や贈り物などが必要以上に便宜供与と結びついて社会に習慣化しており、この「常識」を守ることで自らの身を守ることも世渡りの一面である。しかし多くの場合は、言うまでもなく社会性に基づきことが行われていることは言うまでもない。かかる接待・贈り物文化は時として行き過ぎた賄賂、収賄にまで及ぶことがあり、それが事件として公になってきた。

 例えば、08年に問題となった「グレンジャー検事事件」、これは知り合いの建設会社から事件もみ消しを頼まれたソウル地検検事が、その見返りに高級セダン「グレンジャー」を受け取った事件だ。また、最近報道されているのは日韓で事業展開するゲーム会社「ネクソン」の創業者が韓国検察幹部に賄賂を提供した疑いが強まり、同幹部が逮捕された。韓国ネクソン側が大統領府の民情首席秘書官の家族に便宜を図った疑いもあり、朴槿惠政権への打撃になる可能性があると言われている。「ネクソン」創業者から借りた資金で非上場株を不当に買い取り、06年に同社へ10億㌆で売却し、この資金でネクソンの日本法人株を購入し、11年の東証上場後に値上がりした株を売却して15年に126億㌆を手にしたとして収賄容疑で逮捕された釜山地検の現役検事事件と報道されている。

 そして、この事件を契機に接待文化にメスが入れられた。その事件とは11年に釜山で起きた「ベンツ女性検事事件」だ。これは、ダブル不倫の関係にあった男性弁護士に女性検事が刑事事件の情報を流し、同僚の検事などに特別の計らいを依頼し便宜を図った女性検事が、見返りとしてベンツやシャネルのバッグを受けとっていたと報道された受託収賄事件である。しかし、金品の授受は確認されても職務との関連性を立証できないとされ、女性検事は無罪放免となった。これに世論が激怒したことが後押しとなって法整備が進められることになったという。

 トランスペアレンシー・インターナショナルが、95年以来毎年公開している腐敗認識指数(CPI)は、公務員と政治家がどの程度腐敗していると認識されるか、その度合を国際比較し、国別にランキングしたものである。15年で見ると韓国は37位で、08年以降7年連続でこの状態から抜け出せず改善されていない。ちなみに、アメリカは16位、日本18位、中国83位となっている。相対的に見ても公職者の贈収賄はかなり深刻であるとみられる。

 ところで、こうした韓国の風土にメスを入れようとしているのが、「不正請託禁止及び公職者の利害衝突防止法」(別名「金英蘭法」)の実施である。この法は先の釜山で起きた「ベンツ女性検事事件」の判決で、世論の不満が高まったのを機に、それまで進めてきた法整備に拍車が掛かった。11年に元国民権益委員長の金英蘭氏が、公職者の不正な金品授受、過剰接待などを禁止する目的で提案したことで彼女の名をそのまま法案の通称名としているが、正式には「不正請託及び金品など授受禁止に関する法律」、略称は「請託禁止法」。13年7月に国会に提出され、様々な審議過程を経てようやく15年3月、国会本会議を通過し、同月末に朴大統領により裁可され、16年9月28日に施行された。

 同法は、本則24カ条及び付則3カ条から成り、その第1条(目的)では、


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